何か怒らせるような事をしただろうかとも考えたけれど、思い当たる節はないしそもそも怒っていないんや。
光は相変わらず俺に甘い。
突っ込みは厳しいしキモいやアホやは言われるけど、それは今までもそうやったから気にならない。
ただ、触れない。
付き合う前に戻ってもうたみたいに、ちっとも触れてこない。
何があかんかったんやろか。
俺、嫌とか一度でも言うたっけ?嫌やないのに、触ってほしいのに。
いつもの帰り道、今日も俺の手はポケットの中。
大通りに出る前の、人の通らない暗い道。
ここで手を繋がないと、もうチャンスはない。
いつも言いだせない俺の代わりに光が言ってくれとったけど、ここ数日光は手も繋いでくれへん。
このまま離れていってしまうんやろか。そんなん、そんなん…っ
「光…っ」
「ん?なに?謙也さん」
「手ぇ、繋ぎたい!」
「……ええんすか?」
光は少し寂しそうな顔で問う。
何が、と聞けば、光は小さく呟いた。
「謙也さん、こういうん恥ずかしいんですやろ?いつだって、迫るのは俺ばっかやった。告白やってそうや。
謙也さん、ほんまは無理しとったんちゃいますの?」
「無理なんて…っ!」
そんなふうに思わせていたなんて。
光はいつだって自信満々で、俺なんかよりずっと余裕があるように見えていたのに。
光のこんな顔は、初めて見た。そしてこんな顔をさせているのは俺。
光に頼りっぱなしで、自分から歩み寄らなかった俺の責任や。しっかり伝えんと。
俺の心はいつだって、光を想っていることを。
「……光、聞いて」
「はい」
「俺、光の事ずっと前から好きやった、光から告白してくれて嬉しかった。」
「…はい」
「手ぇ繋ぐんも抱き締められるんも好き、それを嫌とか思ったことなんて、一度もあらへん。」
「…はい」
「後、き、きすとか、するんも嫌やないでっ」
言うた。ついに言うたったで!やればできるやん俺。
「…ほんまに?」
「おん…初めてやから上手くできるかわからんけど。」
「それは心配せんでもええですわ」
急に光の声色が変わった。
今までのちょっと弱気な感じからいつものような飄々とした声に。
えっ、と思っている間に、光の顔が目の前に迫ってきていて、反射的に目を閉じると、唇に柔らかい感触。
これがキスなんや、なんてぼんやりと頭の片隅で思いながら幸せに浸っていると、生暖かいものが俺の唇を押しあけて口内に浸入してきた。
それが舌やってことは理解したけど、いきなりの展開に頭がついていかない。
「んん…っ」
遠慮なしに口内をなめ回されて、何も考えられなくなって身体の力が抜けていく。
ついに膝が折れてへたりこみそうになったけど、光が俺の腰に手を当てて、自分にもたれかけるように引き寄せた。
「…はっ…ひかる…っ」
「ほんま、ヘタれやなぁ、謙也さん。奥手すぎっすわ。」
「おま…っ、さっきの…」
しおらしい光はなんやったんや。
目の前にいる光はいつもの無表情に余裕を湛えている。
「押して駄目なら引いてみろ。小春先輩さすがっすわ。」
「ハメられた……」
しかも小春とグルか。
俺は本気で光に見捨てられるんやないかって心配したのに。
まあ、ほんまに見捨てられんで良かったけど、なんや悔しいわ。
漸く呼吸が落ち着いて、もたれていた光の肩から離れると、光が俺の制服の裾を引っ張った。
「謙也さん……」
「ん?」
「さっきの、嘘やありませんからね……」
「え?」
いつの間にか、光の顔から余裕が消えていた。
さっき見た、寂しげな表情。
「告白したんは俺、迫るんも俺、不安にもなりますわ。あんた、何も言ってくれへんのやから。」
「光…」
「せやから、謙也さんの気持ち聞けて良かった。」
ふわりと光が微笑んで、心臓が飛び跳ねた。
生意気やけど、やっぱ可愛え。
これからはもっと、ちゃんと気持ちを伝えていこう。
大切なこの子を、不安にさせないように。
俺たちは今、並んで歩いているんやから。
〜fin〜