謙也さんが喧嘩をした

「ぜっっっったい俺は謝らんで!」
「はぁ…」





  〜謙也さんが喧嘩した話〜




その相手は俺、ではなく、毎日毎日飽きもせずよお一緒に居るなぁと思っとった親友、白石部長と。
正直恋人である俺よりよっぽど恋人か!て言いたくなるくらいベタベタベタベタしとる二人や。
喧嘩なん珍しいっちゅうか喧嘩らしい喧嘩を見たことなかった。
俺としては謙也さんと二人きりになる機会が増えるんで好都合や。
部活中なんか二人とも大抵一緒におるし、あまりにもパーソナルスペース近すぎるから付き合う前は二人の仲に不安を感じたり、
ちょっかいを出そうと毒舌で謙也さんを絡ませようとしたり。
付き合ったあとは何とかしてあの二人の間に割り込もうと色々奮闘したもんや。
それくらいいつも一緒やった二人がもうすでに3日、並んでいる姿を見とらん。

「やって俺ずっと待っとったのに……」

「はいはい」

「めっちゃLine送ってんで?」

「はいはい」

「なんやあったんかって心配して……」

「はいはい」

「ほんまに聞いとる!?」

「聞いてますよ。もう何度も聞いたやないですか」

この扱いはさすがにもうしゃーないと思う。
喧嘩から今日で3日目や。
そしてこの話を聞くんも既に3回目。
1回目はこれよりもうちょいちゃんと反応したったし。
どうも謙也さんが言うには、日曜日に白石部長に遊ぶ約束をすっぽかされたらしい。
人との、しかも謙也さんとの約束すっぽかすなん部長らしくないなと思うけど待ち合わせ場所に来んかったっちゅうんは確からしい
極めつけは何で返事くれへんのかと聞いたメッセージに『謙也なんかもう知らん』と一言返ってきた、と。
それもおかしな話や。
前日まで普通にLineしとったみたいやし。
てか俺とのデート中に部長からLineきとったからってニコニコしながら返信しとった。
俺の方が怒りたかったっちゅうねん。
そんな俺の心情を知ってか知らずか謙也さんは今日もぷんすかと怒っとる。

「いきなり怒られてほんま意味わからん!」

「ちゅうても部長が理由なくそんなんするとは思えませんけどね」

「それは……わかっとるけど…………」

「ほな聞いたらええでしょ」

「…………やって……っ」

あ、ちょっと怒り治まっとるなこれ。
3日前似たようなやり取りした時は『知らん!あいつが勝手に怒っとんねん!』言うてご立腹やった。
意地になってタイミング逃して、聞きたいけど聞けへんのやろな。
謙也さんと部長が喧嘩したのなん先輩らも初めて見たらしいし。
たぶん、仲直りもしたことなかったんや。
怒った素振りをしとるけど、ほんまは寂しいんも仲直りしたいんもバレバレやし。
ほんまわかりやすい人やなぁ、なんて思いながら俺は食後のデザートのぜんざいをもくもくと口に運んだ。




そしてさらに日は経ち、喧嘩から5日目も過ぎたらもう二人とも怒りより落ち込みの方が目立ってきた。
日に日に元気がなくなってく謙也さんを見るんは正直辛い。
もう謙也さんと二人きりになれて好都合やとも言ってられん。
一言も口を利かない二人なんて不気味でしゃあないし。
俺かて独占欲はある方やけど、それとこれとは別問題や。
普段部のムードメーカーな謙也さんと優しい部長が暗い顔したりピリピリしとったら部内の空気も悪いし。
なんとかせな。


「謙也さん、今日先帰ってください」

「え?なんで」

「ええから」

部活のあと、俺は謙也さんを先に帰して部室に残った。
部長はまだ雑務があるみたいやったから、二人きりになるんにちょうどええ。

「部長」

「財前…どないしたん?」

声を掛けると、こっちもええ加減限界やろと思うような力のない笑顔を俺に向けた。
部長という立場上、私情を出さんように努めようとするんはさすがや。
せやけどそれでも、謙也さんと仲直りしたいっちゅう気持ちがありありと伝わってくる。
悟らせんようにしとるつもりやろけど、その目が物語っとる。
寂しくてしゃあないって。
まどろっこしく切り出すんもめんどいから単刀直入に聞く。

「いつまで意地張っとるんですか」

その一言に、部長は小さく肩を震わせた。

「意地なんて…張っとらん…」

途端に顔が曇る辺り、こん人もわかりやすいな。

「せやったら何であの人と口利かへんのですか」

「別に…謙也に話すことがないだけやし」

嘘。
話すべきことはぎょうさんあるはずや。
だいたい俺謙也さんの名前一切だしてへんのに誰のことかわかる辺り避けてる自覚あるやんか。

「まあ、俺は別にええんですけどね。部長が謙也さんと喧嘩したままずっと仲直りできんくても」

「……っ」

そんな泣きそうな顔するんならはよ仲直りしたらええのに。
そう思っとったら、部長は躊躇いながら口を開いた。

「……13日、財前何しとった?」

「13日、っすか?謙也さんと買い物行きましたけど」

「ほら、やっぱり……」

「やっぱりって?」

「やっぱり謙也、俺との約束すっぽかして財前と遊んでたんや……」

なんや話が噛み合わん。
謙也さんも同じことで怒っとったはずや。
でもどっちかが嘘をついとるとは思えんし。

「約束って……」

「俺ずっと待ってたんや。いつまで経っても来ぇへんからめっちゃ心配して、いまどこ?とかどないしたん?とか
Line送ったんに全然既読つかんし…やっと返事来たと思ったら財前と遊んでるて返ってきて…」

部長の言葉に思い当たる節と、喧嘩の原因に合点がいった。
なるほど、そういうことか。

「部長、その日付決めたときなんて約束しました?」

「え、13日の日曜に梅田の…あれ?」

「13日は土曜日っすね」

「あ…」

「ちなみに土曜日俺と会った時謙也さん散々日曜日は部長と梅田いくんや〜言うてはりましたわ」

つまりそういうことや。
部長は謙也さんとの約束を13日と覚えとって、謙也さんはそれを日曜日と覚えとった。
お互いがお互いの約束を破ったと思い、ちゃんと話し合えば解けた誤解がお互い意地になって黙りを決め込んだことで解けないままになっとった。

「じゃ、俺…日曜日……」

「待っとったみたいっすよ」

「ど、どないしよ……っ俺謙也との約束すっぽかしてもうたんや……」

「そら部長も同じでしょ。謙也さんにすっぽかされたと思ったから怒ったんでしょ?そこはもうお互い様やないですか」

「せ、せやけど……っ、謙也待つん苦手なんに…」

見るからに動揺する部長に、俺ははぁっと小さく溜め息をついた。

「謙也さんかてほんまは仲直りしたいんすよ。話し合えばええでしょ」

「けど、許してもらえるか……」

「あんたの親友やろ。あの人はそんな心狭い人ですか?」

部長は勢いよく首を横に振った。
そらそうや。謙也さんの性格なんて部長もよお知っとるはず。
くだらんことでいつまでもグダグダ言う人やない。

「俺、謙也に謝りに」

「白石!!」

とその時、部室の扉を勢いよく開けて、謙也さんが飛び込んできた。
この人、帰らんと表に居ったんか。

「謙也っ!」

「すまん!俺、白石との約束の日勘違いしとったんやな…そんでずっとお前待たせて…ほんますまん!」

「ちゃう!勘違いしたん俺やし、俺こそ日曜日謙也待たせてもうて…ほんますまん!」

「ちゃうねん俺が悪かってん!」

「ちゃう!俺が悪いんや!」

「ストーーーーーーーップ!!」

我ながららしくないでかい声やった。
自分でも驚くレベルやねんから二人はそれ以上に驚いて互いの腕をぎゅっと掴みながら固まって俺を見とる。

「その不毛な会話いつまで続けんねんこのアホっ!ええ加減にせんかい!」

「「す、すみません」」

先輩二人が縮こまって謝るから、なんか毒気を抜かれて思わず深くため息をついてまう。

「ほら、もう誤解解けてんねやからちゃんと言うべきことあるでしょ。どっちが悪いやなくて」

そう言うたら二人は互いに向き合う。

「……白石、ごめんな」

「俺も、ごめんな謙也……」

「仲直り、しよか」

「ん、せやな」

そう言い合って、二人は笑った。
肩を組み合って笑う二人を見て、思わず目を細める。
ああ、やっぱこの二人はこうして笑っとる方がええな。
正直、仲良すぎて腹立つこともあるし嫉妬もするけど、この二人が揃って笑っとるん見るんは俺も好きやから。


そんなことを考えてたら、二人はさっきまでの無邪気な笑顔から一変、悪戯でも思い付いたみたいに顔を見合わせて笑い二人して俺に視線を向けた。

「「ざーいぜん」」

「は?」

いきなり矛先が向いて思わず間抜けな声を出してもうた。
組んでた肩を離してじりじりと俺に近付いてくる。
逃亡を試みようとしたけど、向こうの動きが一瞬速かった。

「ぎゃっ!」

「俺らんこと心配してくれたんよな?おおきにー」

「ほんま可愛えな財前!」

「ちょおなんすか!キモいっすわっ」

「めっちゃ心配してくれたくせに〜」

「せやせや!」

やっぱこの人ら揃うとウザい!
けど、この空気は嫌いやないから。

「もうほんま……めんどい人らやな」

そう呟いて、こっそり笑った。

〜end〜

2015/02/03 up