俺と謙也さんとあいつの話
1人と一匹の時間と絆。
それはきっと俺と過ごした日々よりずっと長くて。
ええな、羨ましいなて、思ったりもするけれど。
彼等が過ごした日々と俺と過ごす日々は、決して同じにはならないけれど。
「お邪魔します」
謙也さんに続いて、広い玄関に足を踏み入れる。
ふわりと、玄関に置いてあるポプリの香が鼻孔をくすぐった。
今日は久々に学校帰りに謙也さん家に遊びに来た。
いつの間にかお互いの家に遊びに行く数も、両手の指でも全然足りないくらい回数を重ねた。
「光、先に部屋行ってて」
そう言って謙也さんはリビングの方へ入っていく。
俺は短い返事を返し謙也さんを見送って1人先に階段をあがった。
もう通い慣れた廊下を進んで真っ直ぐ謙也さんの部屋に入ると、部屋いっぱいに謙也さんの匂いがする。
1人きりで待つ部屋の中は静かやから、その音はしっかり俺の耳に届いた。
ガサガサと、葉っぱを踏みならす足音。
部屋に入った俺を、あいつは今日も黙って迎えてくれる。
だから俺も、大きなケージに近付いて中を覗き込んだ。
「久々やな。元気か?」
ゆったりとした動作で方向を変えて、俺に視線を向けるでっかい生き物。
初めて見たときはこのでかさと顔のいかつさにビビったけど
(謙也さんには言わん。癪やから)
今はもうすっかり慣れてむしろ可愛い奴やと思う。
犬猫みたいに鳴いたりせんけど、ちゃんと人を見分けるみたいや。
プラスチック製のケージの向こうでじっと俺を見つめるその様子は、始めから見せてくれた姿やない。
初めの頃は物陰に隠れて出てもこんかった。
けど何べんもこの部屋に来て、顔を合わせて漸く向こうも慣れてくれた。
「ただいまーって何しとるん?」
「何って、挨拶っすわ」
いつの間に仲良くなったん?なんて言いながら、謙也さんも俺の隣にやってきてイグアナを抱き上げた。
俺の身長と大して変わらない体長のこいつは俺の目の前に顔があっても尻尾が床についとる。
こうしてみるとやっぱでかい。
俺の背丈と大してかわらんわけやから。
「あっ、こいつが家に来た頃のアルバムがあんねんけど、見る?」
「え、ほんまっすか。見たい」
それは純粋にイグアナの写真が見たいって気持ちもあるけど、そこに一緒に写っとる小さな謙也さんが見れるかもって下心もあったりする。
謙也さんは嬉しそうに笑って本棚からアルバムをいくつか取り出してベッドに腰掛けた。
手招きされて、隣を指定されたので俺もベッド
に腰掛ける。
そんな俺達の膝の上に乗っかるイグアナ。
そんな状態で、俺は広げられたアルバムを見つめた。
アルバムの中には小さな黒髪の謙也さんと、謙也さんと同じくらいのでかさのこいつが写っとった。
「ほら、これ最初に家に来た時のやで」
「へえ、ちっこいですね」
「せやろ。最初はこんなちっこかったんやで〜」
「あんたの事ですよ」
「ああなんや、って俺かい!」
なんて談笑をしながらぱらりぱらりとページを捲っていく。
そこには俺の知らない謙也さんがたくさん居った。
そして少しずつ成長していく写真の中の謙也さんと一緒に、こいつがそこかしこに写っとる。
ああ、こいつは俺の知らない謙也さんとずっと一緒におったんやな。
ええなぁ。
そんな事を考えながら見ていると、不意に謙也さんが声を上げた。
「あ、氷溶けてもうたな…入れてくるわ、待っとって」
そう言って、謙也さんは俺等に跨るように乗ってた膝の上のイグアナを持ち上げて俺の膝に乗せ直す。
そして、2つのコップを手に取ると部屋を出ていった。
部屋には俺とイグアナだけが残される。
俺は膝の上に乗ったイグアナの背を撫でながら、思わず本音を呟いた。
「お前はええな…」
謙也さんとずっと一緒に過ごして、俺の知らない謙也さんをぎょうさん知っとって、目一杯可愛がられて。
羨ましいって、イグアナ相手にそんな風に思ってしまうのもどうかと思うけど、やっぱ羨ましい。
謙也さんと出会って一年半。
こいつはそれよりずっと前から謙也さんの傍に居って、謙也さんと共に成長してきた。
俺には割り込めない絆みたいなもんを感じずにはいられない。
そんな事を考えていると、今まで大人しかったイグアナがのそのそと俺の膝から降りてベッドの上を歩く。
それを目で追うと、謙也さんが取り出して積み上げた数冊のアルバムに長い尻尾を当てて崩した。
その中の一冊に、そいつは長い爪の生えた前脚をカッと乗せて俺の目を見つめた。
何かを訴えるように。
「なんや…見ろっちゅうんか?」
その一冊を手にとって開いてみる。
それは全部学校や部活の時に撮った写真やった。
その中には、俺の知っとる謙也さんがぎょうさん写っとった。
俺が入部した時の写真や練習中に打ち合わせしとる時を撮られたやつ、ダブルスの試合や合宿の時のや文化祭の部活の出し物の時の。
それらには俺が一緒に写っとるのも少なくない。
あ、これ去年の今頃やったんや、懐かしいな。
どれもこれもどっかで見たことある謙也さんの姿、俺の知っとる謙也さんでちょっと嬉しい。
その時謙也さんが氷を入れた2つのコップを持って帰ってきた。
「お待たせお待たせ、ってあれ、それ新しいのやない?」
「そうです。去年の文化祭とかありましたわ。ほんまこれキモいすわー」
「せやけど光も楽しんどったやん」
笑いながら謙也さんは再び俺の隣に座り、その上にイグアナが乗っかる。
最初の時のように、俺等2人の膝の上に跨るように乗ったイグアナはまた大人しくなった。
「でもこれこいつ写とるのないで」
「え…」
言われてみれば、どのページにもイグアナの姿が何処にもない。
「学校や合宿の写真ばっかやから。最近家で写真撮る事もないしな」
「そうなんすか?」
「そりゃ、殆ど学校に居るし」
言われてみれば、毎日学校に行っとって土日も部活行ったり俺や皆と遊んだりしとったら、家に居る時なんて朝と夜くらいや。
「こいつとも暫く写真撮ってへんなぁ」
イグアナは謙也さんに背中を撫でられながら、俺をじっと見つめる。
何となく、何を訴えているのかわかる気がした。
俺が出会う前の謙也さんを知らないように、こいつも学校に居るときの謙也さんを知らない。
俺等が学校で部活したり、休みの日に遊んだりしとる時、こいつは家で待っとるんや。
こいつも寂しいのかもしれない。
「謙也さん、写真撮りませんか?」
「え、今?」
「おん、こいつも一緒に。そんでこのアルバムに入れてください」
学校には連れていってやれないけれど
「…せやな!撮ろか」
俺の唐突な申し出に、一瞬戸惑ったようやったけど、彼はすぐに楽しげに笑った。
そうと決まれば、謙也さんはデジカメを探してあちこちを漁っとる。
デジカメ探しは謙也さんに任せて、俺はあいつの方に振り返った。
俺を見つめるその表情はあまり変わってないけど、何処か嬉しそうに見えた。
「あったあった!ほな撮ろ。セルフタイマーでいけるやろか」
「そうっすね。設定できます?」
「……えっと、ここ?あれ?ちゃうな……」
「……貸してください。謙也さんはあいつとそこ座って待ってて」
謙也さんから受け取ったデジカメのタイマーをセットして、俺も彼らの隣に座った。
謙也さんと肩が触れ合ったまま、シャッターがおりるのを待っていると、小さな頭が俺の腕に触れた。
その頭をそっと撫でながら、シャッターがおりるのを待つ。
こいつが知っとる謙也さんとの思い出と、俺が知っとる謙也さんとの思い出。
過ぎた時間は交わることはないけれど。
俺とこいつと謙也さんと一緒に過ごす時間をこれから増やせていけたらいい。
1人と一匹、1人と1人の思い出の分だけ、2人と一匹の思い出を、増やしていけたらいいんやないかな。
〜fin〜
2015/02/14 up