「こーらっ!また善哉とカップ麺か!それだけじゃ栄養片寄るやろ!」

「……」

「めんどいて顔すな!」

「やってほんまめんどいんすわ」

部屋に入ろうとしたとこを謙也さんに見付かった。



あれから一ヶ月、連絡先の交換も済ませて俺たちは従来持っとった俺の気質を発揮するくらいは打ち解けとった。

「謙也さんやかましいっすわぁ」

「これでも医者の卵やで!そんな不摂生見過ごせるかい!」

元々ちょっとばかし毒の入った物言いをする方やった俺は、距離が近づくにつれて気が緩み彼に対してもそんな態度をとるようになった。
最初はしまったと思ったけど、謙也さんは俺のそんな態度も自然体やと認識してくれたらしく、受け入れてくれたようやった。
そんなこんなで親しくなってからというもの、謙也さんは度々こうして俺の食生活に苦言を呈するようになった。

「もー……まあそういうんも美味いけどな、野菜も食わなあかんで。ちょお待っとき」

そう言って謙也さんは一度部屋に引っ込むと、タッパーに入れた煮物やらポテトサラダやらを持って戻ってきた。

「ん、お裾分け」

「……おおきに」

こんなやり取りは実は初めてやない。
既に何度もこうして謙也さんからお裾分けの手作り料理を貰っていたりする。
初めて食べた卵粥は味がよおわからんかったけど、今はすっかり風邪も治っとる。
謙也さんの手料理はどれもやたら美味くて、最近の俺はこのお裾分けをちょっと楽しみにしていたりする。
それに後で借りた食器を返すという名目で謙也さんの部屋に行くっちゅう流れで自然に会いに行く理由になるんも都合が良かった。
よおわからんけど、謙也さんと過ごす時間は妙に居心地がよくて。
つい会いに行く口実が欲しくて、甘えてまう。
性格も全くちゃうんに、なんとなく一緒に居るんが心地よい。
不思議な感覚や。


そして今日も俺は昨日借りたタッパーを持って隣の部屋の前に立っとる。
謙也さん居るやろか。
電気ついとるからたぶんいるやろと思いつつ、いつものように手を伸ばした。

「どちらさま?」

インターフォンを押すと足音が近づいてきて中から声が聞こえた。
けど、謙也さんやない。若い女の声。

「謙也の知り合いですか?今手が離せないんで、何かご用?」

一人暮らしの筈の男の部屋に女が居る状況なんて、そんないくつもない。
自分の心音が頭に響く。
おかしいことなんて何もない。
あんなええ人なんや、恋人くらい居るやろ。
借りたもん返すだけや。
この人に渡してすぐ帰ればええ。
なのに

「すんません……取り込み中なら出直します」

見たくなかった。
あの人の隣を許された恋人の姿を。

「あっ、何しとんねんユウジ!」

立ち去ろうとしたとき、謙也さんの声が聞こえた。
瞬間、ドアが勢いよく開いて呼び止められる。

「財前!何で帰るん?」

「や、彼女来とるんやないんすか……?お邪魔やろし出直します」

「彼女って……そんな相手居らんで、俺」

「でも今」

「今のはちゃうくてっ」

と、謙也さんが慌てたように言う後ろから別の声が割って入る。

「ひっさびさに引っ掛けたったわ」

笑いを含んだその声と共に顔を覗かせた人物には見覚えがある。

「あんた……」

「会うんは二度目やな」

どっかで見たと思ったら、あの時のどギツい目付きのバンダナの人や。
しかし聞き捨てならない言葉につい眉をしかめてまう。

「引っ掛けたってなんすか……」

「お前が聞いた女の声は俺や」

口調は男のまま、ドアの向こうから聞こえた女の高い声が目の前の男の口から発せられる。

「もう、からかうなやユウジ!すまん財前、こいつの特技声真似でな」

「声真似……?」

「せや、人の声色を真似る。俺の特技や」

と、言ったバンダナの人の声は謙也さんにそっくりやった。
思わず凝視した俺を見て、バンダナの人は口の端を釣り上げる。

「初対面ん時にずいぶんびびらせてまったようやし?ご挨拶がてら遊ばせてもろたわ」

この間と打って変わって機嫌良さげにそうのたまう。
揶揄するような物言いに俺は更に眉間に寄せたシワを深くして顔をしかめる。

「びびっとらんし、関わったらめんどそうや思っただけっすわ」

「その割にはあん時慌てて帰ったらしいやん」

「あんたこそ、あん時相方来なくて拗ねてたらしいやないすか、子供か」

「ケンカすんなっちゅうの!」

まだ言い足りんけど、間に入った謙也さんに免じてそれ以上の反論は止めた。
けど、思いがけず知った事実。
謙也さん恋人居ないんやな。良かった。
……良かったってなんや。
謙也さんに彼女が居ようが居まいが俺には関係ない……はず。
自分でもよくわからない思考に戸惑う。

「ほな、俺帰るんで」

これ以上ここに居ると何か厄介なことになりそうや。
謙也さんに借りてたタッパーを返して俺は踵を返した。

「あっ」

「ぶっ」

「おっと、大丈夫やったと?」

またか。
振り返った瞬間ぶつけた鼻を押さえて顔を上げると、そこにはまた見覚えのある顔があって俺を見下ろしとる。

「あ、この間の子ぉやん」

「あらぁ、噂の隣人くん?かわええやないのぉ〜」

その後ろからまた見覚えのあるミルクティー色の髪の人ともう一人、初めて見る眼鏡の人が顔を覗かせた。
初めて見る……坊主頭で眼鏡の男。
男や、間違いなく。
口調以外は……。
初対面やっちゅうのに、俺はさっそく関りたくないリストにぶちこんだ。

「小春ぅぅぅぅぅっ!」

と、その時。
俺の横を通り過ぎていく人影があった。

「会いたかったで小春うううう!」

「アタシもよ!ユウくぅんっ!」

まるでドラマの感動の再会を謳ったシーンのようにひしと抱き合う二人。
俺の横を通り過ぎたのはさっきのバンダナ男やった。

「……なんすか、あれ」

「えっと、バンダナの方が一氏ユウジで眼鏡の方が金色小春いうてな、前に言うてたユウジの相方や。そんであれが二人の持ちネタやねん。皆ラブルスて呼んどるで」

「ネタ?」

「ネタ」

あれネタなんか。
ガチにしか見えへん。
ほんまに関わらんとこと思い改めて踵を返そうとした時、謙也さんに呼び止められた。

「あっ、財前この後予定ある?」

「え、別に」

「夕飯、良かったら一緒に食わん?これからみんなで鍋パすんねん」

「は?いや俺は」

「あらぁええやないの。財前きゅんも食べて行きぃや」

「小春が食ってけ言うとんねん寄ってかんかい」

なんで家主やなくて相方の意見優先やねん。
まあ家主がおんなじこと言うとるからどっちにしろ食ってけって話になるわけやけど。

「ええやないか、謙也とはだいぶ仲良おなってんやろ?あ、俺白石蔵ノ介いうねんよろしゅう」

「俺は千歳千里ちいうとよ。材料もいっぱいあっけん食ってきなっせ」

「ちょっ、ちょっ、待っ」

揉みくちゃにされて謙也さんの部屋に押し込まれた。
人の話聞かん人らやな!


あれよあれよという間に俺の目の前にはぐつぐつと音を立てて煮たつ鍋。
そして両隣には……

「財前きゅーん」

「……」

「こら!小春が呼んどるやろ返事せんかい!」

なぜこんなことに……俺は内心頭を抱えていた。
絡むキモルスをあしらいながら目の前の小皿に取り分けられた具材を無心で口に運ぶ。
と、眼鏡のオカマ……もとい金色さんが肩を組んできた。
それに浮気かと喚く一氏さん。
俺を挟んで絡み出したラブルスにあからさまに顔をしかめた筈なのに全く動じた様子はない。
それどころか、俺が動じるはめになった。

「やーんクールねぇ財前きゅん!謙也くんから聞いとったけど、ほんっまに可愛えわねぇ」

「はい?」

「謙也くん、財前きゅんと仲良ぉなれてめっちゃ嬉しそうやったわよ!もー可愛え可愛え言うて、ねぇユウくん?」

「せや、隣に越してきた“財前クン”の話、俺ら散々聞かされとんねん」

「俺の話って……」

「年の近い子が隣入ったから仲良くなれるやろかだの、ちゃんとしたもんやなくてカップ麺だのレトルトばっか食うから心配やだの甘いもんが好きらしいだの」

「そんなことまで話してはるんすかあの人」

「もー耳にタコができるっちゅうねん」

「それだけ可愛いがっとるのよ」

ほんまに、ずいぶんと気にかけられとるみたいや。
けど、悪い気は全くせん。

「これからも仲良くしてあげてね」

そう言ってウインクする金色さん。
きもいっすわ、とか言ってやろうと思ったはずなのに。

「……まあ、しゃあないっすわ」

俺は咄嗟に、そんな返事を返しとった。



***



それからも代わる代わる構いに来る人らを
相手したりあしらったりしとるうちに瞬く間に時間が過ぎてもうた。
夜も更けた頃、誰からともなくそろそろお開きにと言い彼らは帰り支度を始めた。

「ほなお邪魔さま」

「また楽しみにしとるばい」

「財前きゅーんもっとお話ししたかったわぁ〜ま、た、ね♪」

「浮気か小春ぅ!」

賑やかに帰っていく人達を見送り、俺もずいぶん長居してもうた事を思い出す。

「あ、ほな俺も」

「な、もうちょい話していかん?」

帰ると言う前に、謙也さんに引き留められた。
急いで帰る必要はないけど、どないしようかと悩んどったらどうも何か言いたげな謙也さんがちらちらと俯きぎみにこっちの様子を伺っとる。

「……ほな、もう少しだけ」

そう答えると、謙也さんは嬉しそうに笑った。




騒がしい人らが帰って、途端に静かになった部屋に謙也さんと二人きり。
一息吐いて、目の前に置かれた紅茶に手をのばす。

「今日は急にすまんかったな、騒がしかったやろ」

「あー、まあ今までにないノリでしたわ……けどまあ、おもろい人らっすね」

「やろ!気のいい奴等やねん」

まるで自分が褒められたみたいな喜びようや。

「ユウジの声真似にはほんま焦ったけどな!彼女なん居らんのに財前帰ろうとするからびっくりしたわ〜……」

それまで楽しげに話とったのに、ふと神妙な顔つきになった謙也さんはぼそりと呟くようにいった。

「財前は……恋人おるん?」

「え」

「や、その……家はいつ来てくれてもええんやけど、ほら……財前にそういう人居るなら部屋行くん気ぃつけなあかんかなって……飯とかも、彼女に誤解されたらあかんかなって……」

何処か不安げな表情が可愛らしいな。
と会話にそぐわない思考回路を振り払う。

「俺も、居りませんよ」

「そ、そうなん?そうか……ふぅん」

ぶつぶつなんか言いながら謙也さんはにやにやしとる。

「なんすか…謙也さんかて居らんのでしょ」

「やって財前しゅっとしとるから意外やったし、そっか〜ほな財前の不摂生止められんの俺しかおらんやんなぁ」

「まあ……そうっすね」

実際その通りや。
謙也さんが止めんかったらカップ麺とマクドとコンビニ弁当ローテーションする自信がある。

「ほなまたこうして一緒に飯食おうな!」

そう言って満面の笑みを見せる謙也さんの顔を何故だか直視出来んくて、しゃあないっすねなんて可愛いげのない返事を返した。



***



独り暮らしを初めて二ヶ月、世は大型連休に突入した。
かといって予定があるわけでもない俺はいつも通り、特別連休用に纏まった予定を入れることないまま大学生初の大型連休を迎える予定やった。
そんな連休前夜、謙也さんからラインにメッセージが届いた。
内容は二、三日家を留守にするからなんかあったら携帯に連絡してな、とか書かれとった。
あの人のことや、あれだけ友達が多ければ旅行にでも行くんやろと深く考えずに了解の返事を返した。
連休やし、1日くらい謙也さんでも誘おうかとしてたから当てが外れてもうたけど、まあしゃあない。
結局特別連休らしさを感じることなく、作曲したり課題やったりしながら3日が過ぎた。


そして連休も半ばにさしかかった今日は見事な快晴で、買い物をしようと表に出た。
通りすぎ様に自分の部屋を見上げれば、さっき干してきたばかりの服がはためいとるんが見える。
そういえば、あれからちょうど二ヶ月くらい経ったところや。
思い起こせばあの閉め出し事件から3日以上謙也さんと関わらんかったんは初めてとちゃうやろか。
二、三日留守にするとは聞いとったけど、どこにいってはるんやろ。
と、そんなことを考えとった矢先。

(あれ……)

向かいから歩いてくる、見覚えのある金髪は間違いなく謙也さんや。
声をかけようかと一瞬思ったけど、それは思いとどまった。
謙也さんの隣にはもう1人誰かおった。
美人で大人びた女性や。
女性と仲良さげに並んで歩く謙也さんは笑いながら楽しそうに会話しとる。
友達?それとも……彼女なん居らんとはい言っとった、けどだからと言って好きな人や狙ってる相手が居らんとは限らんし、あの日から今日までの間に出来たのかもしれん。
そう思ったら途端に鼓動が激しくなった。
またや。胸がざわつく。見たくない。
咄嗟に踵を返そうとした。
けど、謙也さんが俺を見つける方が若干早かった。

「財前!」

「謙也さん……」

身体が強張って息苦しい。
なんやねんこれ。
そんな俺に気付かずに、謙也さんは女性に一言声を掛けていつものように笑みを浮かべて駆け寄ってくる。

「財前、偶然やな!」

「どないしたん謙也くん。あら、この子が例の隣人くん?」

謙也さんの後ろから顔を出した女性は俺を見て、謙也さんにそう問い掛ける。
俺のこと知っとる時点でただの道案内かも、なんて淡い期待は打ち砕かれてもた。
いくらなんでも見知らん相手にそんなこと話すはずない。
つまり、それなりに親しい相手やっちゅうこと。

「せやで、俺の隣の部屋に住んどる財前や。財前、こっちは俺の」

聞きとうない、思わず逃げ出しそうになるんを必死で耐えとったら、予想外の言葉を投げ掛けられた。

「初めまして〜忍足恵里奈です」
「……え?」
「従姉妹の姉ちゃんや、東京に住んどるんやけど今家族で家に泊まりに来てんねん。
やから俺も実家帰っとってな。
あともう一人の従兄弟に侑士ってのが居るんやけど、姉ちゃんの買い物付き合うん恥ずかしがって俺の弟ととんずらこいてん……」

「侑ちゃんも照れ屋やねー」

「半分くらいその呼び方のせいやと思うで……」

「そうっすか……従姉妹、てことは親戚……」

「ん?」

頭の中は安堵で満たされて、思わず深く息を吐く。
不思議そうに見つめる謙也さんをいつものようにあしらってかわし、二人から離れた。
これ以上ここにおったら余計な事を口走りかねない。

「あっ、財前、今日俺部屋に帰ろう思っててんけど夜空いとる?」

背中にそんな言葉を投げられ、振り返ると謙也さんは何処か期待のこもった目で俺を見とった。

「はあ……」

「ほな部屋来てくれへん?おかんにええもん教えてもろてん。作っとくから期待しとって!」

「……はい、ほな後で」

「おん、後でな!」

軽快な足取りで遠ざかっていく背中を見ながら、もう一度深く息を吐いた。

「……マジか」

今更気付くとか自分でもアホかと思う。
けど、気付いてしまった。
あの人が好きや。
俺はずっと前から謙也さんに惚れとったんや。



***



出掛けた目的の買い物すら放り出して部屋に帰り玄関のドアを閉めて座り込む。
自覚したばかりの恋心にどうしたらええかわからん。
勘違いやないかといくら考えてもこの気持ちが恋やなかったらなんやねんっちゅうくらい思い当たる節しかない。
謙也さんの事をもっと知りたい。
謙也さんに触れたい。
謙也さんを抱き締めたい。
そして、それ以上のことも。
謙也さんの事はずっと兄貴みたいやと思っとったはずやのに。
いつの間に俺こんなに謙也さんのこと好きになっとったんや。
電気をつけることすら忘れて、考え込んどる間に日が暮れとった。
隣の部屋から物音がして、心臓が跳び跳ねたような気がした。
謙也さんが帰ってきたんや。
こんなんで今まで通り謙也さんに接することできるんか。
これからあの部屋で謙也さんと二人きりになる。
どうしたって考えてまう。
一氏さんがやった悪戯の時や今日みたいな事がいつかほんまになった時、俺はきっぱり諦められるんか。
あの人と過ごす時間にこれ以上依存せんうちに終わらせなあかん。



謙也さんからの連絡を受けて部屋を出る準備をする。
サイドボードの引き出しから取り出したそれをポケットに突っ込む。
握り締め、深く息を吐く。
もし、受け入れてもらえなかったら、それどころか拒絶されたら。
きっと俺はもう二度とあの部屋に行くことはないやろ。
もしかしたらこれが最後かもしれへん。
でもきっと、思いを断ち切るなら今のうちや。
これ以上好きになる前にこの恋を終わらせんと、きっともっと辛くなる。
あの人が本当の恋人を部屋に呼ぶ日がくる前に。



部屋に入ると、甘い匂いが鼻腔を擽った。
この匂いは、あんこやろか。

「いらっしゃい、今よそうからテーブルでまっとってや」

そう声をかけてキッチンに立ち、謙也さんは何かを準備しとる。
黙って待っとったら、目の前に小さな盆に乗った善哉が置かれる。

「お待たせ」

「これ……」

「財前好きや言うてたからおかんに教えてもろたんや。初めてやから口にあわんかったらごめんな。
甘すぎとか砂糖足らんとかあったら次もっと気ぃ付けるから言うてな!」

「……いただきます」

期待のこもった眼差しで見つめられて、思わず目を逸らして一口口に含んだ。
けど、正直味はわからんかった。
花が咲くように笑う謙也さんの顔を見とると、さっきまでの決意が挫けて途端に怖じ気づく。
こうやって笑いかけてくれるんも、これが最後かもしれん。
この人は優しいから、もしかしたらこのあとも表面上は隣人として接してくれるかもしれんけど、きっと今までみたいに二人きりになるんは無理やろな。

「謙也さんは……なんでこんなに俺ん事構うんすか……」

「え、あ……それは……」

口ごもる謙也さんを見て、諦めに近い気持ちがわいてくる。
きっと言いにくい理由なんや。

「やっぱ、弟の代わりですか?」

「は?なに言うて……」

小さな頃から面倒みとった弟と離れて暮らして、年下の俺に弟の事重ねて放っておけんくなった。
そう考えるんが自然やろ。

「謙也さんにとって俺は……弟の代わりかもしれへん。けど、俺にとって謙也さんは」

「ちゃう!代わりなんかやない!」

謙也さんは俺の言葉を全部聞く前に大声で否定した。
これから俺一世一代の告白しようとしたんにほんまいらちやなこん人!
黙って聞け言おうとしたけど、その顔を見て思わず口をつぐんだ。

「代わり、なんかやない……財前の事を弟の代わりなんて、思ったこと一度もない……っ」

酷く悲しそうな顔で、謙也さんは俺を見つめる。
俺が言ったことはそんなに彼を傷付けるような言葉やったやろか。

「初めは確かに、弟居るから言うたけど、それは俺の弟の代わりとしてなんかやない。
財前を放っとけん理由を考えた時、可愛くて仕方ないん何でか考えて……
弟居るから年下の財前が可愛く見えるんかなって思っててん。
けど、ちゃうかった。財前の事、俺もうずっと前から弟みたいなんて思えてへんねん……」

「ちゃうって……?」

「俺、財前の事が、好き、やねん……っ」

言われた言葉を脳が処理しようとするけど、頭真っ白でなかなか認識できひん。
漸く発した言葉は切れ切れで情けなくも震えとった。

「それは……どういう、意味、ですか……?」

「財前と……手繋いだり、抱き締めたり……キス、したりしたい……こんなん、弟相手に思わへん……
すまん、こんなん言うつもりなかってんけど……気持ち悪いやんな。
俺の事兄貴やと思ってなんて言うといてこんな……変なこと言うてほんまに」

「俺もです」

「え……」

「俺も、謙也さんが好きや」

「それ……どういう意味で……?」

「謙也さんと同じです」

「同じって……」

「謙也さんの事抱き締めたりキスしたり、そういう恋人同士がすることしたい……っちゅう意味です」

信じられないとでも言いたげな真ん丸な目をした謙也さんの背中に腕を回す。
腕の中で息を飲んで身体を強張らせる謙也さんの耳元で囁くように言った。

「好きです。俺の恋人になってください」

暫く沈黙が続いて不安になる。
やっぱいきなり抱き締めたんは先走り過ぎたやろか…。
けど、そう思っていた矢先に強張っとった謙也さんの身体が弛緩して、おずおずと抱き締め返される。

「…………おん」

「好きです」

「俺も、好きや……っ」

身体を離して顔を見たら、耳まで真っ赤にした謙也さんと目が合った。
ああ、やっぱこの人可愛え。

「ほな、もう一個の方もええですか?」

「もう一個の方……って、えっ!?」

さっきの会話を思い出して思い当たったのか、既に赤い顔を更に赤くして狼狽え出す。
けど、頬に手を当てて見つめてみたら覚悟を決めたようで、大人しく目を閉じてくれた。
触れるだけのキスやけど、謙也さんの唇は思った以上に柔らかくて気持ちいい。
唇を離すと、謙也さんは震えながら口を抑えてしゃがみこむ。

「キス……してもた……」

「よおなかったですか?」

「めっちゃ良かった……やらかかった……」

しゃがんだ謙也さんに目線を合わせて、ポケットの中のものを握り締めて謙也さんの前に差し出す。
顔をあげた目の前で手を開いて言った。

「謙也さん、これ、貰ってください」

もし、謙也さんが俺を受け入れてくれたら、そんな奇跡が起きたら。
そう思って持ってきたもの。

「これ……」

「俺の部屋の鍵」

戸惑いと歓喜が混じった揺れる瞳で確かめるように俺を見るから、俺は黙って頷いた。
宝物みたいに大事そうに合鍵を受け取ると、謙也さんはそれをぎゅっと握り締める。

「ほん、まに……ええの……?」

「あかんかったら渡さんすわ」

「嬉しい……っ、おおきに!」

満面の笑みでそう言うた謙也さん。
それがあまりに可愛くて、衝動的に抱き締めようとした。
けど、それは失敗に終わった。
謙也さんは俺の腕が捕まえるより早くサイドボードに走っとった。
なんでそこで大人しくできひんねんムード読めへん人やな!
そしてすぐに戻ってきた謙也さんは握り締めた手を俺に差し出す。

「俺もこれ、財前に持っててほしい」

謙也さんが握っとったのは、謙也さんの部屋の鍵やった。

「ええんですか」

「もちろんや!財前に持っててほしい」

「おおきに……」

謙也さんの部屋の鍵。
自分のを渡すのとはまた違う、大切なものを俺に預けてくれたっちゅうことに胸に込み上げてくる嬉しさがある。
互いの合鍵を交換すると、謙也さんはいそいそと自分の鍵に俺の部屋の鍵を繋げた。

「なんや、おんなじデザインやからわからんくなりそうやな」

そんなことを言いながら嬉しさが顔に滲み出とる。
俺も自分のに謙也さんの部屋の鍵を繋げた。

「ほんまや……どっちも一緒っすね」

二つ並んだ鍵を見て、これが再び1つになる時を考える。
その時隣に、この人は居るんやろか……。
今はまだ、未来の事はわからんけど。

「あっ、せやぜんざい……冷めてもうたな。……な、味どうやった?」

「すんません……今日告るつもりで来てたんで……味わからんかったんすわ」

「ぶっはっ!マジか!ほな一緒に食お?温めなおすわ」

今はただ隣にいるこの人を大切にしていこう。
握り締めた2つの鍵にそう誓って、俺はキッチンに立つ謙也さんに駆け寄った。

〜fin〜

2015/05/20 up