生まれたときから背負わされた、勇者になるという宿命。
どっかの予言者がそう言うたやとか、身体に刻印があるんがその証拠やとか。
知ったこっちゃないっちゅうねん。
それでもなんとかここまで普通の生活をしてきたけど、ついにきてもうた旅立ちの日。
村の預言者だとかいうおばばに呼ばれて言われた。
魔王を倒すときが来たとかなんとかほんまめんどいねんけど……。
だいたい今までやって何人も魔王に挑みに行ってるんやろ。
やる気のあるやつがやったらええねんそんなん。
周りは天才やとか言うけどもともと人より器用なとこはあるけど、人並み外れたパワーやとかないしものごっつい魔法使えるわけでもなしにどないせえっちゅうんや。
勇者とか祭り上げられてもなんも嬉しないんやけど。
なんとか手っ取り早く済ませたいなと思案しながら歩いてるとでかい図体の男が目に入る。
近所に住む千歳さんや。
しょっちゅうふらっと姿を消してまたふらっと村に戻る放浪癖のある人。
悪い人やないしむしろええ人やけどいまいち掴めんお人や。
「財前、どっかでかけっと?」
「おばばに魔王を倒せとか言われたんすわほんま意味わからん」
「なるほど、頑張りなっせ」
「他人事や思って……大体倒せとかどないせぇっちゅうんや」
「んー、俺が見えるんはちぃと違っとう」
「違う?」
この人はどうも少し先の未来を見る力があるらしい。
俺が勇者の宿命とやらをもっとるんは村の人間皆知っとるけど、この人が言う“見える”は予言に乗っかっただけの噂にすぎない他の連中のノリとはちゃう。
「財前の使命は倒すとかちゅうより救うことやち思うとよ」
「救うって、あ、戦わんとすむ方法があるんすか」
「俺はそこまでわからんけんね。行って確かめてくるとよか」
「結局行かなあかん流れっすか……」
深くため息をつく。
正直とんずらしたいけどそうもいかんで仕方なく頷いた。
まあ死ぬことはないやろ。
今まで何人か行っとるん見てても、魔王退治に行って負けて帰った奴はおっても死んでかえってけえへんやつとか聞いたことないわ。
聞くところによると、モーホーコントに戦意喪失して気が付いたら村の入り口におったとか。
変な植物の毒にやられてエクスたって気が付いたら村の入り口におったとか。
吹っ飛ばされて気が付いたら村の入り口におったとか。
なんもしとらんのに村の入り口におったとか。
…………なんや意味わからんけどとりあえず殺されはせんらしい。
ただ誰も敵の姿も魔王の姿も覚えてへんらしいから何が居んのか全くわからん。
まあ俺も他の連中と同じように村の入り口に戻されるんが落ちやろ。
そう思って村を出た。
村からそう遠くはないところにある森の奥に佇む寂れた塔が魔王の住み処っちゅうんは有名な話やけど、実際来たんは初めてや。
重い扉に手をかけて引っ張る。
まあまず開かんやろ、と思ったのにあっさりと扉があいた。
「……セキュリティどないなっとんねん」
開かんかったら帰ろうと思ったんに……心中でそう愚痴りながら足を進める。
と、目の前に二つの人影が飛び出してきた。
「「ようこそ!我々の軍団に!」」
「………………」
「俺らは二人でひとつ」
「一心同体少女隊、人呼んで浪速のラブルスペアよん♪」
「………………」
これは幻覚系のトラップやろか。
こーいうんは無視や、無視。
「こらこらこら!人が渾身のネタで迎えたろうとしとるんに無視するやつがあるか!」
「いやーんつれないわねぇ。でも、ちょっとええ男やん?ロックオーン♪」
「浮気か!死なすど!」
「やあねぇユウくん、浮気やなくてほ・ん・き☆」
「小春ぅぅぅぅぅぅ!!!」
「………………」
「……ワテらのネタが受けへんやなんて……」
「おどれ俺らんコント見て笑い転げへんとかどういうつもりじゃ」
「普通ならあっちゅう間に戦意喪失するんやけどねぇ……」
「戦意喪失ってそもそも無くすもんがないっすわ」
「あ゙!?なんやて?どういうこっちゃ」
「戦意がないっちゅうことかしら?」
「まあ、そういうことっすね」
そう答えると、オカマっぽい人は探るように俺の目を見る。
ふざけたなりしとるのになんや、その目に色々見透かされとる感じがして居心地悪い。
バンダナの人はガン飛ばしとるようにしか見えへんけど。
「ほな勇者きゅん……理由を聞いてもええかしら?」
「理由もなんも、わざわざ戦うとかめんどいし。話し合いが楽やなと思っててんすけど」
「…………へぇ」
「なるほどねぇ……」
そう言って二人は顔を見合わせる。
「そういうわけなんで、魔王倒すとかほんまめんどいんで世界征服とかアホなこと考えてんならやめてもろてええですかね」
「あいつがそれに応じたら、お前どないするんや?」
今度はバンダナの人にそう聞かれた。
なんなんや……この人ら。
「応じたら、て、世界征服せえへんて?そら倒す必要なくなるしとっとと帰りますわ」
「…………ふぅん」
「なるほどな……」
品定めでもするように二人は俺を見つめると、オカマっぽい人が何かを取り出して思わず身構える。
けど、なんかされるわけでもなく取り出した通信機みたいなもんで話し出した。
「あっ、蔵りん?今こっちに勇者きゅんが居てるんやけど、今からここ通すから。……ええ、そう、例の……はいはい、ほなよろしゅう」
「は?」
「聞こえたかしら?」
「聞こえたかって、そら聞こえましたけど……」
「聞こえたんならはよいけやいてこますぞ」
バンダナの人にドスのきいた声で脅された。
つか普通ここははよ帰れっちゅう場面やないんか。
敵(のはず)に先に進まんで怒られるとかもうほんま意味わからん。
「…………ほな、通らせてもらいますわ」
言うても通ろうとした時後ろからどつこうっちゅう可能性も無きにしもあらずなわけで。
一応奇襲には備えて……。
「言うとくけど、ワテら嘘はついとらんで」
「どつかれたなかったら大人しゅう上いかんかい」
「…………」
ほんまこの人らなんやねん。
結局襲われることなく、俺は一階を難なくクリアしてもうた。
「…………ほんまにあの子がそうなら、ワテらの役目もここまでね」
「せやな……本物やとええな……」
なんやくっそ長い階段を上りきると、なんの構えもなく突っ立っとる人がいた。
あのオカマっぽい人が蔵りん言うてたんがこの人やろか。
中ボスクラスやと思うけどそうはみえへんな。
おっそろしく美形やけど。
「自分が勇者か。下の連中から話は聞いとるけどほんまにかったるそうな顔しとるなぁ」
「……否定はしませんけど、実際かったるいし」
「…………自分なら、あいつに合わせてもええかもしれんな」
「さっきの人らもそうやったけど、あんたら俺を追っ払おうっちゅう気はないんすか」
「せやな。今までは誰が来ても追い返しとったんやけど。どうも自分は今までの連中とはちゃうみたいやからな。けど、あいつに手ぇだそうとしたらただでは済まさんからそのつもりで」
あいつって、中おるん自分の主の魔王様やないんか。
普通魔王の手下ってもっと畏まっとるもんやないん。
ま、どうでもええか。
「ほな、ここも通してもらえるっちゅう事でええんすかね」
「ええで、あいつはこの上や。くれぐれも手荒なマネはせんように」
「……はぁ」
こんな簡単にクリア出来てええんやろか。
まあ労せず先に進めるに越したことないけど。
「あいつに聞いてた通りの奴やな……財前光」
後ろでなんか呟いとったようやけど、よう聞こえんかったからスルーした。
なんやわけわからんまま魔王の部屋の前まで来てもうたけど、ほんまにどないせぇっちゅうんや。
まあなるようになるか。
考えることを放棄して重たい扉を開けて中に入る。
「白石!勇者帰ったん……え?」
「は?」
部屋の中におったんはいかつい顔したおっさんとかどでかいモンスターとかやなくて、俺と同じように人の姿をした若い男やった。
魔王っちゅうからもっとこう、悪人面を想像しとったんやけど。
整った顔立ちに青みがかった瞳、目はつり目できつく見えるけどまとった雰囲気のせいか気にならない。
金色のふわふわとした柔らかそうな髪は後ろがぴょこぴょこはねとってひよこみたいや。
歳は見た目俺と同じくらいかちょい上か。
おる場所もなんつうかラスボス戦て感じの部屋やなくて普通の部屋のベッドの淵に腰掛けとる。
「…………誰?」
「あ、えと」
「え、もしかして自分が勇者……?」
「はっ?あっ、まぁ」
「え、なんで……え……?ほな、みんなは……?」
急にその人の顔がさっと青ざめる。
「なぁ、みんなは?まさか……殺……っ」
「はっ!?ちゃいますちゃいます!俺あん人らにここまで入れてもろて、やからほんまなんもしとらんです」
とんでもない誤解をされかけて慌ててそう言うたらその人の顔が安心したように和らいだ。
ほんまに仲間の心配してたんやとわかる。
これがほんまに魔王?全然見えへん。
つかこれどっちが悪もんやねん。
「えっと……自分なんでここに?」
「あ、その、魔王さん、すよね?」
「あ……おん……そっか、俺んこと倒しにきたん?」
悲しそうに眉を下げながら口元だけ笑みを浮かべて、魔王さんはそう言うた。
いやいやいやなんでそないな顔すんねん。
嘲笑うなり怒るなりするとこちゃうんか。
「や、別に倒すとかめんどいんで、世界征服とか考えとんならやめてもらえませんかねて話し合いにきて……」
「せんよ」
「はい?」
「そんなん、したない……」
なんや話が違うんやけど。
けど嘘言うとる風でもない。
ていうかなんでまたそんな悲しげな顔しとんねんこの人魔王やろ。
とりあえず突然襲い掛かってくるとかはなさそうやし大丈夫やろか。
「隣座ってええです?」
「……ん、ええよ」
ええよて、ええか聞いたん俺やけどそない簡単に仮にも乗り込んできた勇者に隣許してええんかいとも突っ込みたいけど言わんとく。
魔王さんの隣、座っとったベッドに腰掛ける。
近付いてよう見てみたけどほんまにしゅっとした人や。
さっきの白石って人もおっそろしく美形やったけど、この人も相当や。
けどどっちかっちゅうと美形っちゅうよりかっこええ系やな。
なんてアホなことを考えとったら彼が小さく呟いた。
「……ふふ、自分変わっとるな。俺んこと倒すんめんどいとか、勇者の言うことか?」
魔王さんは困ったように俺を見ながら笑った。
あ、笑うとかわええんや。
「あんたこそ世界征服したないってほんまに魔王なんすか?」
「せやねん。俺そんなつもり全然あらへんのに……なんで魔王なんやろ……」
「は……?」
「俺はいつか世界を滅ぼすんやて……そういう力を持って生まれたんやて……やからここに住んどんねん。この塔は俺の力を抑えるように出来とるから」
「なんやそれ……」
「知らん……そういう運命をもって生まれてきたんやて。それしかわからん……」
倒せ言われた魔王が、俺と同じように生まれたときから勝手に背負わされた運命でなっとったやなんて。
なんて言うたら良いかわからんくなってだまっとったら、不意に魔王さんが立ち上がった。
俺に何か仕掛けるでもなく窓に近付いて景色を眺めとる。
かと思えばくるっとこっちに振り返った。
「こっからな、毎日外見てんねん」
「外……?」
「綺麗やなって。この世界でいろんな人たちが生きてるんやなって……俺な、この世界が好きやねん。大事な仲間に出会わせてくれた、生まれてこなきゃよかった思ったこともあったけど、あいつらはずっと俺の傍に居ってくれた…」
そう言った魔王さんの顔を見たらまた困ったように笑っとる。
これが世界を滅ぼす魔王ってほんま嘘やろ。
「ここに住んだ後も、皆が俺と友達でいてくれたんほんまに嬉しかった。自分の力知ったとき俺、もう皆に嫌われて誰も傍に居ってくれなくなってまうんやって思ったから……」
「あんたみたいな人が嫌われるなんて、そんなはず……」
そんなはずない、とは言えんかった。
今までここにどれだけの人間がこの人を倒そうと乗り込んできたか。
俺ですら、そういう連中をアホらしいと思いながら数え切れないくらい何度も見送ってきた。
それに俺かてその一人や。
実際にきた数はその比やないやろ。
言い淀んでもうた俺に彼は優しく微笑んでみせた。
「怖がられてもしゃあないわな……やって俺、普通の人間とちゃうんやで……。
昔から変やと思ってたんや。怪我してもすぐ治るし、力も普通の人間よりずっとつよおて……怖がられて当然や。
やから、こんな俺のことずっと友達や言うてくれる奴等が居てくれるだけで俺は幸せやった」
俺の姿を見て真っ先にこの人が仲間の心配をしたんは、そういうことやったんか。
「でも、それももう限界やった。やから、これでやっと……」
「え?」
「俺な、もう何年もこの塔から出とらんねん……ドアからも窓からも外には出られん……悪いもんが外に出られんようにって、この塔は作られたんやって」
「悪いもん、てっ!あんた……っ」
自分のこと言うとるんか。
口を挟もうとした俺を目で制する彼。
聞いて欲しい、そう言われた気がして俺は押し黙った。
「死んでまおうと思ったことも何度もあるけど、 死ねへんのや。
なんも食べんでも餓えもせん、身体傷付けても痛いし苦しいばっかで、結局死なれへん……意識飛ばしたって必ず目ぇ覚まして、 そん時には傷も全部消えてて……おかしいやろ?俺……なにしても、俺は人とちゃうんやって思いしるだけやねん……」
「…………」
「俺が知っとるんは狭い世界やけど、それでも出会った人ら皆大好きで、大切やから……俺もあいつらのこと守りたいんや……」
「……っ」
辛そうな顔を見せられて俺もなんや切なくなった。
世界なんどうでもええし勇者とかめんどいっておもっとった俺より、よっぽどこの世界が好きなんがわかる。
自分を排除しようとする世界なんて、憎むことはあっても守りたいやなんて思えんやろ、普通。
この人どんだけ優しいんや。
そして、彼はまた俺の方へ近付いてくる。
「なあ、勇者様……俺んこと消してくれへん?」
「……は?」
いきなり言われた言葉に思わず間抜けな声を漏らした。
意味が理解できないままに、ぎゅっと手を握られる。
「ずっと待っとった。本物の勇者がここに来るんを……俺を死なせてくれる人が来るんをずっと……」
「な、に……言うて……」
「ここに住むことになった日に預言があったんやて。10年後この世から魔王を消滅させることができる唯一の勇者があらわれるやろうて……今日がその10年目。たぶん自分が、その勇者やと思うんや。やから」
「なんで……あんたこの世界好きなんやろ!?なのになんであんたがこの世から消えなあかんねん!!」
思わずそう叫んどった。
理不尽やろ、そんなんあんまりや。
この人が何したんや。
なんもしてへんやろ。
「ええねん……もうええんや……」
「ええことないやろ!?」
「……なんとなくわかるんや。俺の力、段々強なってんねん。そのうちここにおっても、抑えられんくなる。そうなったら……」
なんとなくとかそのうちなんて曖昧な予感でなんでこの人がそこまでせなあかんのや。
「……っ」
「皆俺のためにここにいてくれて、俺を守る言うてくれたけど……そうやって皆を縛るんももう嫌やねん……」
「あんたは消えてそれでええんか!?大事な人らはこれからもここに居るのに、あんたは居なくなってもうてそれでええんか!」
「この世に一人きりになる方が……そんな日が来ることに怯えて生きる方がもっと嫌やねん……」
「あんた、名前は?」
「え?」
「名前、あるんやろ?」
「あ、名前は、謙也……」
「謙也さん、俺は光言います」
「光……な、光、俺もう魔王でなんて居たくないんや……やから」
「そんなん魔王辞めりゃええ話でしょ。あんたは今日から魔王でもなんでもない、普通の人間として生きたらええ。それでええやないですか」
「あかんねん……」
謙也さんはそう言うと着ていたシャツのボタンをいくつかはずして胸元を晒した。
そこには妙な形の黒い刻印があった。心臓の位置や。
「これが魔王の証なんやて。これが消えん限り俺はこの世界を滅ぼす脅威でしかないねん……」
「それ……」
俺は自分の掌を見る。
謙也さんの胸にあるんと同じ形の、青白い光を放つ刻印がある。
それは産まれたときから持ってたもんや。
その意味は今までずっとわからんかった。
勇者の証やなんて周りは騒いだけど全然意味わからんし。
自分の使命とか知ったこっちゃなかった。
けど、今わかった。
「謙也さん……触れてええですか?」
「え……」
「……俺が生まれてきた意味、わかりました」
まっすぐ見つめたら、謙也さんは暫く俺の目を見つめたあと、小さく頷いた。
ずっと部屋ん中におったからか、全体的に白い肌に黒い刻印が酷く異質や。
「ん……っ」
肌に指を這わせてその刻印をなぞる。
これがこの人をずっとこんなとこに閉じ込めたんや。
そう思ったら、その運命とか宿命とか言うふざけたもんが堪らなく憎くて、心の底からこの人を救いたいと思った。
世界なんてどうでもええ。
俺が勇者やって言うんならそんなもんやなくてただ一人、この人を救いたい。
自分の印と重なるように、黒い刻印に掌を当てる。
「っ!」
びくんて謙也さんの身体が跳ねる。
「くっ、あぁっ!」
力が抜けたようにベッドに身体を横たえた謙也さんは苦しげな声をあげながら俺に身を任せとる。
手を当てとるから、謙也さんの心臓の鼓動が掌から伝わってくる。
「はぁ……っ、あっ、はっ、ひか、る……っ」
息を荒げ、額に汗を浮かべながら耐えるその姿に胸が締め付けられる。
けど、まだ離してやれないから。
触れた掌はそのままに空いとる手で額の汗を拭って頭を撫でる。
金色の髪は見た目通りでふわふわしとった。
「謙也さん、もう少し頑張って」
「ん……っ、だい、じょうぶ……」
かすれた声でそう言って、謙也さんは微笑んだ。
けどまた苦しげに顔を歪める。
掌が触れとる胸が激しく上下して、呼吸が酷く乱れとる。
触れ合ったところが発熱でもしとるみたいに掌が酷く熱くて痛い。
俺ですら苦痛に汗が滲むくらいなんや、胸の、しかも心臓に近いところでそんな熱と痛みを感じとる謙也さんの苦しみは俺とは比べ物にならんくらいきついはず。
「はぁっ、うぅ……っ、あ、ぅ……っ!」
ビクンて身体が跳ねたあと、謙也さんは目を閉じて動かんくなった。
同時に手のひらの熱が引いて俺も自分の役目が終わったことを悟って手を退ける。
肌に刻まれとった謙也さんの刻印も俺の刻印も、跡形もなく消えとった。
「謙也さんっ」
動かなくなってもうた謙也さんに不安を感じて顔を見ると、謙也さんは静かに寝息をたてとった。
胸に耳を当てたらちゃんと鼓動も聞こえてきて、思わず深く安堵の息をつく。
ほんまよかった。
安心して寝顔を見とったら、なんや不思議な気分になってきた。
無意識にその金色の髪をかきあげて、額にキスをする。
そこではっと我にかえった。
なにしとんねん俺。
頭を抱えながら、自分のしたことを頭の中で反芻する。
額とはいえ、今俺謙也さんにキスしてしもた。
もう一度顔をあげて、謙也さんの顔を見る。
俺のしたことも知らず、安らかな顔して眠っとるんを見たら顔が一気に熱くなった。
けど目は離せんで、その顔を覗き込むように近付いて頭を撫でる。
「謙也さん…………」
その名前を呟いてみたら、謙也さんは僅かに頬を緩めた。
なんとも言えない温かい気持ちが胸に溢れてくる。
少しの間その顔を見とったけど、俺もさっきの疲れか急に睡魔が襲ってきて、辛抱できんくなって謙也さんの隣に寝転んだ。
そのまま謙也さんを抱きしめるようにして微睡みに落ちる。
抱きしめた謙也さんは温かくて、ええ匂いがした。
「うぇぇぇぇぇっ!?」
あれからどれくらい経ったのか、腕の中の素っ頓狂な声に起こされて目が覚めた。
「謙也さんうっさい……」
「うっさいてお前……っ、な、な、なに、なんで」
「なんすか」
「なんすかちゃうやろ!なんでお前俺を抱き締めて寝とんねん!」
ああ、なんやめっちゃええ匂いしてずっと抱き締めてたん謙也さんやったんや。
「あー……すんません」
そう言って顔見たら謙也さんは腕ん中で真っ赤になってた。
なんやこの人ほんま可愛えな。
「てか俺ボタンあけたまま……て、え……証がない……?」
俺から身体を離して、漸く謙也さんはその事に気付いたらしく目をまんまるくしとる。
「それが消えたら、魔王やないんですよね?ほなもう謙也さんは謙也さんや」
「え、俺、もう魔王ちゃうん……?」
確信があった。
俺の役目は謙也さんが持っとる宿命そのものを消滅させることやって。
やから、それが消えた謙也さんはもう魔王なんかやない。
「ちゃいます。謙也さんはもう普通に外の世界で生きてええんですよ」
暫く呆然としとった謙也さんの目から、急にぽろぽろ涙がこぼれだす。
「ほんまに……?」
「ほんまに」
「俺、生きててええん?」
「当たり前っすわ。あんたはもう魔王なんかやないんやから」
そう言って、もう一度抱き締めて頭を撫でる。
「一緒に生きましょう、謙也さん」
「……ん、おんっ」
腕ん中で、謙也さんは声を殺して泣きながら何度も頷いた。
今度は謙也さんも俺の背中に腕を回してぎゅっと抱きつく。
そして腕の中から顔をあげて、満面の笑顔を見せた。
「おおきに!光」
初めて見た曇りのない笑顔があんまり眩しくて目眩にも似た感覚を覚えた。
なんやこれ。
その気持ちの正体を確かめるように、無意識に謙也さんの頬に手を伸ばした。
「せや、皆に知らせんと」
謙也さんの無邪気な声にはっと我に返る。
俺、今度はなにしようとしたんや……。
ひとまず平静を装って言葉を返す。
「ああ、下にいた人ら」
「その必要はあらへんで!」
「白石!?」
俺の言葉に被せて、あのものごっつい美形を先頭に部屋の入り口からなだれ込んできた人らは一気に俺らの周りに集まってきた。
見覚えある人ない人居ったけど、そん中によう見たことのある一際でかい図体の人が居った。
「ち、千歳さん……?」
「やっぱり財前は謙也を救える男やったと!」
言いながら俺の両脇に手を入れて持ち上げぐるぐる回り出す。
ほんま止めろマジで洒落にならん。
「千歳さ、やめ、吐くっ」
「ちょっと千歳くん、この子顔真っ青よ……」
三半規管が悲鳴をあげはじめた辺りでオカマっぽい人が止めてくれて漸く下ろしてもらえた。
「うえ……っ」
「だ、大丈夫か?光?」
謙也さんに背中を撫でられながら、思い切り千歳さんを睨み付けたけど平然としとる。
相変わらず掴めんお人や。
「あんたら、いったい……」
「俺らは謙也のダチや」
ものごっつい美形……白石言うたか。
白石さんはきっぱりとそう言いはなった。
初めからなんや手下らしくないとおもっとったけど、そういうことなら今までの彼らの言動に全て納得がいく。
「謙也が幽閉されてから俺らはずっと謙也を助ける方法を探しとった。
謙也が塔から出られんのはここにおる皆知っとったからな。
なんとかできひんかって。そんなときに魔王退治や言うて謙也を倒そうと乗り込んでくるやつがぎょうさんおってな。
まあ色々やってお引き取りいただいとったんや」
魔王退治に行った奴等がみんな村の入り口に強制送還されたあの現象はこの人らの仕業やったんや。
ほんまなんなんこの人らのチートっぷりは。
「財前」
そんなことを考えとったら、真剣な声色で白石さんが俺を呼んだ。
「はい?」
「最後の仕事、頼んだで。勇者様?」
「は?」
「囚われのお姫さん助け出すんは勇者の役目やろ。ほな」
「ちょっ!姫ってなんやねん白石!……行ってもうた……」
「なんなんすか……あの人」
「あー……基本的にはええ奴やねん……たまにわけわからんこといいよるけど」
最後の仕事、勇者の役目。
なんのことかと思ったけど、あの人達が立ち去っていった先を見つめながら呟いた謙也さんの不安げな言葉で意味がわかった。
「……俺、ほんまに外の世界で生きてけるんかな?」
「は?」
「やって俺んこと、魔王やって皆怖がっとるんやろ……?受け入れて貰えるんかな……」
「ああ、なるほど……そういうことっすか」
白石さんが言うた意味がわかった。
囚われのお姫さんを助け出すんは勇者の役目。
そして彼らがこの人を守るためにしてきたことのもう一つの意味を。」
「大丈夫ですよ。あんたが元魔王って知っとるんは俺らだけや」
「え?」
「あんたは魔王に捕まっとった普通の人間。魔王が居らんくなった塔から連れ帰ったんやって、俺がそう言ったらそれがほんまのことやって誰も疑わん」
「そうなん?なんで……」
「あの人達が守ってくれたんすわ。謙也さんが生きる場所」
「?」
謙也さんが人として生きる事ができる日を諦めんかったあの人達が今日まで守ってくれてたんや。
謙也さんが外の世界で要らん差別を受けんように。
何にも囚われず生きていけるように。
「ほら、行きましょ」
「……おんっ!」
塔を下りて、入り口の前までくると、謙也さんは足を止めて扉を見つめる。
「な……手、繋いどってくれへん……?」
「ええですよ」
カタカタと震える手をぎゅっと握ると、手を握り返された。
開け放った扉の前で手をつないで、謙也さんは深く息を吐く。
「お日様の下に出られる日なん、もうないと思っとったんになぁ……」
その声が震えとるんも、その目から零れる雫にも今は気づかないふりをして、繋いだ手に力を込める。
「行こう」
生まれながらに背負った世界を滅ぼす運命も世界を救う宿命ももう俺らにはない。
二人同時に足を踏み出して、俺らはこれから俺らのためだけの人生を生きていく。
〜fin〜
2015/07/05 up