無表情とか無愛想とか 第一印象はそんなだった。
虎視眈々って表現が本当にぴったりなくらい、強い奴に勝つ事に貪欲で
同じ部活の奴らからも一線引いてて、話しかけてみても反応はあんまり良くない。
正直苦手な部類の男だった。
こいつとはあんまり仲良くなれねぇだろうなと思っていた。
でもそれは一年前の、まだ同じ場所に立っていない頃の話。
―隣の君へ―
長椅子に寝転がったまま、俺はぼうっとする頭で考える。
スタミナ足らねぇなとか、睡眠少なかったかなとか色々、中でも一番頭に浮かぶのがついさっきまで一緒に練習してたパートナーのこと。
飲み物を買いに行くといったまま、あいつはまだ帰ってこない。
額に当てた冷たかったタオルが、もうだいぶ温くなって来たというのに、奴は何処まで行ったんだろうと、起き上がるのはまだ億劫なので首だけ動かしてその姿を探す。
なんとなくその辺を見渡してみると、視界の端にこちらに向かって走ってくる日吉の姿が映った。
とたんにほっとする自分も、またずいぶんと変わったものだと思う。
暑い中走ってきてくれた相方は、息も整わないのに俺に声を掛けた。
「具合は…どうですか?」
「ん 平気。もう起きれる。」
日吉は安堵したような表情を見せると、持っていた缶ジュースのプルタブを開けて俺に差し出した。
礼を言って受け取ると、ようやく落ち着いた様子で俺の隣に腰掛ける。
買ったばかりの缶ジュースは触れただけで上がった体温を下げてくれるようで気持いい。
口にすると自分が思ってた以上に咽が渇いていたらしく、半分程一気に飲み息を吐いた。
冷たいスポーツドリンクのおかげでぼうっとしてた頭がはっきりしてくる。
ふと隣をみると、日吉は汗だくで 手を団扇代わりに扇いでいて、今度はこっちが心配になってしまった。
「お前自分の分は?」
「いえ…それだけですけど。」
「じゃあこれ飲めよ。半分しかなくてわりぃけど。」
最初はやたら頑なに断っていたけれど、俺はまだ動けそうにないし、もう一回買いに行かせるのはどうかと思うしと押し切って、
半ば無理やり缶ジュースをその手に渡す。
結局最後には観念したように受け取って、日吉は残りのジュースを飲み干した。
俺はその様子を見ながら思い出す。
一年前、俺達はまだ200人居るテニス部員の中の一人で こうしてダブルスを組んでたり、一緒に練習したりしてる今のことなんて想像すらしてなかった。
あの頃の俺の こいつの印象と言えば、 目つきが悪い・無愛想・生意気と、俺とは到底合いそうにないという今考えたら笑えるくらい酷いもので。
そんな奴と今こうして並んで座ってるなんて、ちょっと不思議なくらいだ。
でもそれも、今となればちゃんと理解している。
こいつの中のたくさんある性質の一つだと。
一緒に過ごす時間が経てば経つほどに、こいつの知らなかった色々なところが見えてくる。
最初に抱いた印象が、いかに上辺だけ見てのことだったか 俺はこの一年で思い知った。
無表情に見えていた日吉の表情が、実はくるくる変わっていることも、生意気な割りに意外と優しかったり、心配してたりすることも 俺は知ってる。
そんなことを考えながら日吉の顔を見ていたら、不意にこちらを向かれて目が合った。
見ていたことを嫌がられるかとも思ったけど、そんな様子はなく、その唇が緩やかに弧を描き、伸ばされた手が俺の頬に触れた。
「顔色、だいぶ良くなりましたね。」
「そんなに悪かったか?」
「ええ、真っ青でした。」
そんな会話を交わしているけれど、俺の心臓は煩いくらいに騒がしい。
けれど決して嫌なんかじゃなくて、むしろ嬉しいくらいで。
二人きりのこの空間がやたら心地良い。
耳に響く日吉の声が優しくて、心が温かくなるような感じがした。
こうして一緒に時間を過ごす度に、俺の中で積っていくものがある。
それの正体を、俺は知ってるけれど まだ、口には出さない。
ダブルスのパートナー それ以上でもそれ以下でもない、そんな関係をまだ 暫く保っていこうと思う。
けれどいつか、俺の心が積もり続けた想いに耐え切れなくなった時
気持ちが溢れ出してしまった時
俺がこの気持ちと一緒に、手を差し伸べたなら
――お前はこの手を取ってくれるだろうか――
つんと鼻が痛くなって、誤魔化すように笑った。
突然のことに、日吉はどうしたのか聞きながら困ったように微笑う。
お前は今、俺の隣に居てくれる、お前にとっての俺は先輩の中の一人で、ダブルスの相方で、もしかしたら他の皆より仲の良い部類の人間に入るかもしれない。
そんな関係も 俺はとても好きだけれど。
いつか お前の特別になれたら良いと 心から思う。
〜fin〜