求める気持ちはあるのに、素直にそれを出せなくて
愛しているのに、言葉を返してあげられなくて
こんな俺を、君は好きでいてくれる?
― 貴方に愛を叫びたい ―
「謙也さん…っ好きや」
「んっ…ぅ」
「声、聞かせて…」
「や、や…っ…あ…っ!」
喉の奥から飛び出してしまいそうなやらしい声を、俺は必死で抑えている。
財前はその声を聞かせてほしいと願うけれど、俺はそれに応えてやることができない。
決して、財前とするのが嫌なわけやない。むしろこの行為自体は幸せやと思っとる。
財前が俺を愛してくれてるって、全身で感じるから。身体中にキスされて、甘ったるい言葉を囁かれて。財前はこんなにも俺を愛してくれてる。
それなのに、俺は恥ずかしさのあまりその愛に応えてやれない。
ほんまは財前の望む通りにしたりたいのに、気持ちを返してあげたいのに。
俺も愛してるって、その一言が言えなくて。つまらない羞恥心やプライドなんか、捨ててしまえたらいいのに。
そんな悩みを、親友に打ち明けてしまったその結果、彼は多くの人を惹き付けるであろう爽やかな笑顔で「そんならこれ使こたらええ」て、とんでもないもんを手渡してきた。
「…何…?これ…」
受け取ったそれは一粒の小さな錠剤やった。まさか…
「そのまさかや。」
「なんでこないなもんもっとんねん!」
「別に普通やろ」
普通なんか…?中学生がこないなもん普通にもっとるもんなんか…?
正直信じられないが、興味があるんも確かで、俺は恐る恐るそれを受け取った。これが、媚薬ってやつなんやろか。
手にとったそれは何処にでもある風邪薬かビタミン剤にも見える。
「一時間や」
「何がやねん…」
「する一時間位前に飲んだらええ。」
「………」
結局、持って帰ってきてしまったそれをポケットに忍ばせて、俺は困惑していた。今日は財前が泊りにくる日。
学校が終わって一度家に帰ってから荷物を持って家に来るって約束になっとる。財前の家までの距離からして、そろそろインターフォンがなる筈や。
ポケットから取り出した錠剤を手に持って、上に向けて開けた口元まで持ってきては踏みとどまる。そんな事をもう20分くらい続けとる。
いい加減阿呆らしなってきて、やっぱ止めよって開けた口の上から薬持った指を退けようとした時やった。家中に響いたインターフォンのチャイムに驚いて持っていた錠剤を取り落とし、上から口の中に落ちてきたそれを、俺はうっかり飲み込んでしもた。
飲んでしもたもんを吐き出すことも出来なくて、一気に血の気が引いていく。
あかん、やってもうた。もう後戻りできひん。
そうこうしているうちに二回目のチャイムが鳴り響いて、俺は慌てて階段を駆け降り玄関の扉を開けた。
「謙也さん、おらんのかと思いましたわ。」
「す、すまん…ちょお片付けしとって…」
しどろもどろになりながら財前を部屋へと通し、菓子とジュースを取りに行くと部屋を出た。
あと一時間。あと一時間で、俺はどうなってまうんやろ…既に身体が熱いのは、鼓動が早いのは何なんやろ?一時間て言うてたのに、まさかもう効果が…?
頭パンクしそうになりながら、とりあえず用意したもんを持って部屋に戻る。
財前は俺の部屋でちょこんと座ってまっとって、俺は平静を装ってその隣に座った。
「新しいのってこれっすか?」
「あ、ああ…おん…」
新しいゲームを買ったからって事で決まったこのお泊まり会。
財前は俺が今媚薬飲んどるなんて知らんからゲームに夢中やけど。正直俺はもうゲームどころやない。
あれからもう30分はたっとる、もういつ効果が現われてもおかしくない。
ていうか既にさっきから身体が熱くて激しい動悸に襲われとって。息もなんか苦しくてじんわり汗もかいとって、心成しかその熱は一点に集中しとる気がする。
「謙也さん…?」
俺のそんなただならぬ様子に流石に財前も気付いたらしく、心配そうな瞳で見つめられた。
「具合悪いんやないっすか…?顔赤い。」
「や…その…」
「熱とかあるんや…」
そっと伸ばされた冷やっこい手が熱く火照った肌に触れた瞬間、身体は大袈裟に反応した。
「ひゃっ、あん…っ」
財前はびっくりして手を引っ込めた。けど、多分俺の方がもっとびっくりしとった。
「謙也…さん…?」
「あ…あのっ…あの……」
ふと、財前の視線が俺の下半身に向けられる。
つられて目をやると、そこはもう若干膨らんどった。
「や…っ、あの…」
「これ、どないしはったんですか?」
「それは…その…」
財前がズボンの上からそこをなぞる。敏感になっとるのか、そんな刺激だけでも身体はびくびくと反応する。
「はあっ!や…あんっ」
「ズボン、濡れてきとる」
「あっ、やっ…あかん…っ」
「なんで?もうこんな」
「ズボン…やや、触って…直接擦って…っ」
こんな恥ずかしいこと、言うたことなかったのに。
やっぱ薬のせいなんやろか?
「…謙也さん」
財前が、急に低い声を出してきて、俺は叱られた子供のように肩を竦めた。
「なんか…あったん…?」
「あ…」
不意に財前が何かに気付いたように俺の身体の脇に手を伸ばして、そこに落ちていたものを拾い上げる。それは錠剤が入っていた空容器やった。
なんかの拍子にポケットに入れてたそれが飛び出したらしい。それを手にとった財前が顔色を変えたのを見て、血の気が引いていくのがわかる。
こんなん飲んだ知られたらキモがられるやろか…?
もし、嫌われたら…
「謙也さん…っ、これ…」
「あっ…あ…」
「何飲んだん!?」
もう誤魔化しようがない。正直に言うしかない。でも、これで嫌われたら…俺は…
「謙也さん」
「し、白石に…もろて…俺…いつも、恥ずかしなって…素直になれんから…せやから…き、嫌われたなくて……」
震える声で必死に言葉を紡いでいると、突然財前に抱き締められた。
「アホやなぁ…謙也さん」
その声は決して突き放すような声やなくて、とても優しい声。俺の中の不安を溶かすような、温かい声やった。
「嫌いになるわけないやろ?」
「財前…」
「ちゃんとわかっとりますよ、謙也さんの気持ち。」
「…っでも、俺…財前に言って貰ってばっかで…俺かて、ほんまはちゃんと言葉にしたいのに…」
そう言うと、財前は優しく俺を押し倒した。真っ黒な瞳に俺を映して微笑んだ財前は両手で俺の頬を包み、愛しげに撫でてくる。
「嬉しい。そんな風に想って貰えて、めっちゃ嬉しいっすわ」
「財前…」
「好き、謙也さん」
「俺も。好き、大好き。……光」
財前の唇が俺のそれに触れて、そのまま舌を絡めとられる。身体の熱がどんどん上がってきて、頭がぼぉっとしてきて。いつもみたいな恥ずかしい気持ちなんか全然なくて、抵抗する事なく、財前に身を委ねた。
財前の動き一つ一つに、身体は素直に反応して、抑えていない声をあげる。
身体も心も一つになって、溶けていくみたい。
今まで俺は、何を恥ずかしがってたんやろ。
「光…っ、あっ、んぅ…っ」
「謙也さん…っ」
「んっ、はぁっ、あっ、あ…光…っ好き…大好き…っ」
「ん…嬉しい。俺も大好きっすわ」
奥を突き上げられて身体を揺さ振られて、あられもない声をあげる。
財前が好きって、身体中で叫んでるみたい。
幸せで幸せで、やっぱ俺は財前が大好きなんやって、再確認した。
「謙也さん…っ、あかん…俺もう…っ」
「やっ、光っ!」
財前が俺の中から出ていこうとするのを、慌てて引き止める。
財前は驚いたように目を見張って、力を入れた所為で締め付けてしまったらしく、財前は歯を食い縛ってイキそうやったのを耐えた。
「謙也、さんっ?あかんて…今ゴム…」
「ええから…中に…光の全部、俺ん中に出して…っ」
「ええの…?後で大変やで…?」
「ええの、平気やから…っ」
しがみ付くように、財前の背中に腕を回す。
財前は俺の額に、頬に、首筋に幾つもキスをしてきて、最後に唇を合わせようとしたから、俺も自分から求めるように目を閉じて口付けた。
再び律動を始め、財前は俺の感じる場所を的確に突いてくる。
「あっ!はあっ!光っ!も、あかん、あぁぁっ!!」
「あっ、く…っ謙也、さん−っ!」
俺が達したのとほぼ同時に、財前も俺の中でイった。
受け止めた熱で身体の中が熱い。
動けないでいる俺に、財前は心配そうな顔を向ける。
「大丈夫?」
「ん…平気…光」
「ん、なに?」
「大好き」
「うん、おおきに。俺も大好きや」
・・・・・
二日後、各々練習に励むコートの隅っこで、俺は思うように動かない身体をベンチに預けてぼんやりとコートの中を眺める。
「腰痛い…」
誰にでもなくふと小さく呟くと、背後から肩を掴まれた。
爪、食い込んどるんやけど……
「おーおー盛んやなぁどんだけヤってん?」
「白石……」
顔は笑っとるのに目が笑ってへん。
大会前に何しとんねんって、目がそう言っとる。
正直めっちゃ怖い。
結局、なんやかんやで盛り上がってしまい3回ほどしたら
昨日は足腰立たんようになって1日2人で部屋でごろごろしたりゲームしたりして終わった。
まあそれもめっちゃ楽しかったからええんやけど。
「財前なんやて?」
「え…っと、もうあんま怪しいもん飲むなって…」
「怪しいて、失礼やな〜なんも怪しくなんかないで。」
「怪しくないて…充分怪しいやろ…何処で買うてんあんなん。」
「薬局」
「は?薬局?薬局に媚薬なんか普通に売ってるもんなん?」
「誰が媚薬や言うた?」
は?え……、なに?白石そう言わんかったっけ……?
あれ?言うて………………………
―――――ないな。
「謙也、プラシーボ効果って知っとる?」
「プラシーボ…あの患者に病気に効く言うてなんの意味もない薬飲ましても治る事があるって言う……」
「せや。ちなみに謙也に渡したんはビタミン剤やで。」
悪びれる様子もなくそう言い放った白石の顔を見やれば、奴はめっちゃ意地悪な顔してニヤニヤ笑ろてる。こいつ、ハメよったな……。
つまり俺はただのビタミン剤を媚薬やと思い込んでたんや。
そんで俺はあんな恥ずかしいことを素で……?最悪……泣きたい。
考えてみればぼぉっとしてた割りには言ったこともやったこともしっかり覚えとる。
俺、財前の前でどないな顔したらええんや。
「謙也さん」
「うわぁぁ!?」
言ってるそばから本人登場や。
もうまともに顔も見れなくて、手で顔を覆って俯いた。
白石に助け船を期待したけど、白石は「ほな俺はあっち行くから」て笑いの混じった声を残して去っていった。
「謙也さん?大丈夫?」
「あああ見やんで光〜俺ほんまなんちゅう事を…っ」
「? 何の事っすか?」
「一昨日の…」
小さく首を傾げていた財前は、ああ と、思い出したように手を叩いた。
「部長に聞きましたわ。危ないクスリやないて。」
「き、聞いたん……っ?」
「安心しました。部長がくれた言うから自作とかやったらどないしよって心配やったんすわ」
ああ、ありそうやから怖いわ……。て、それよりも。
「あの、あの…あれ忘れて…。あんな…俺めっちゃは恥ずい事を…」
「なんも恥ずいことあらへん。謙也さんの気持ち嬉しいっすわ。俺、謙也さんのこと大事にします。せやから、これからも俺を好きでおってくれる?」
少しも恥じる様子もなく、財前は真っ直ぐな瞳で俺を見つめて言い切った。
俺かて、財前を好きである事に恥も何もない。
俺も財前のように ただ真っすぐ、自分の気持ちを
「あ…当たり前やっ!俺は光のことほんまに好き」
「ええ加減にせぇや」
言いきる前に割り込んできた、腹底から絞りだしたようなドスのきいた声。
振り向けばそこには我が親友が鬼のような形相で立っていた。
すっかり陶酔していて忘れとった、今は朝練、部活の真っ最中やった。
当然そのまわりには仲間達が、俺は皆の前で何を……。
「黙って見てりゃ人の前で何さらしてくれとんねん」
「あ…あの、その」
「熱愛宣言っすわ、ね?謙也さん。」
その言葉に、俺は気が付けばしっかりと頷いていた。
周りの連中から沸き上がる歓声、小春とユウジが「是非我々の軍団に」などと騒ぐのを遠くに聞きながら、俺は目の前で満足そうに微笑む財前の顔に見惚れていた。
〜fin〜