泊まりに来ないかと誘ったのは、決してやましい気持ちではなかった。
親も弟も居る筈だった今日のお泊まりは両親が急な用事で帰りが遅くなる、弟は友達の家に泊まってくるという突然の予定変更で二人きりとなった。
思いがけない二人きりの夜、謙也はそんな事態に密かに胸を高鳴らせた。






「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

「美味かったっすわ。謙也さんて料理できたんすね」

「そんな大したもんやあらへんて!ぱぱっと炒めただけやし」

急な留守番になったためサラダやピラフといった簡単なものではあったけれど、謙也は手早く二人分の夕飯を作り上げ財前に振る舞った。
とはいっても、普段自分で料理というものはしない財前にとっては充分に凄いと思える手料理である。
財前は存外こうした家庭的なシュチエーションを好むらしく、素直な称賛に謙也は照れ臭そうに笑った。


夕飯と入浴を済ませて謙也の部屋に戻ると、二人はいつも通り他愛ない会話やゲームをしながら夜を過ごす。
2本の時計の針がもうすぐ真上を指そうという頃、財前が小さく欠伸をしたのに謙也は気付いた。

「財前?眠いんか?」

「ん……いや、まだ…」

まだと言いながら、財前は再びくぁっと小さな声を漏らして眠そうに目を瞬いている。
謙也は苦笑しながら財前の頭をくしゃっと撫でると立ち上がった。

「めっちゃ眠そうやん。明日もあるんやしゲームはまた明日やろうや」

「ん……」

子供扱いのような謙也の対応に少し不満げに見上げながら、財前は小さく頷いた。




客人である彼を部屋に残し、飲んでいた飲み物のコップや遊んでいたゲームを片付けて部屋に戻ってきた謙也が見たのは、ベッドであどけない顔で眠る恋人の姿だった。

「え?財前?」

先ほどからうつらうつらとしていたのには気付いていたが、謙也が席を外したものの3分程度で財前は完全に睡魔に負けて寝落ちてしまったようだった。
久々に財前が泊まりに来る日とあって、謙也は多少なりとも恋人同士の時間を意識していたが、早々に寝てしまった相手を前に今日はこれ以上触れ合う事は出来ないだろうと悟った。
少なからず落胆しつつ、布団も被らずに寝こける財前の年相応に稚い様子に微笑ましさも感じながら寒そうに肩を竦めている財前に布団を掛けてやろうと歩み寄る。
ベッドに膝をつき、財前の身体の向こう側にある掛け布団に手を伸ばす。
しかしその手は布団に届くことなく宙をかくこととなった。

「わっ!」

突然反転した視界に一瞬混乱するが、状況は直ぐに理解できた。
寒さに暖を求めた財前によって、謙也は完全に抱き込まれてしまったようだった。

「ん……」

謙也の自分より高めの体温が心地良いのか、財前は気持ち良さそうに抱き締めた謙也の身体に頬を刷り寄せ更に強く抱き締める。

「ちょっ、財前重いっ!はよ退いてや!」

「ん〜……」

謙也が財前の身体を押し退けようとしながら抗議をすると、ぐずるようにますます謙也の身体に密着する。
その時、財前の頬がすり寄ってきたのはちょうど謙也の胸の突起の辺りだった。
服越しにぐりぐりと押し潰されるそこは今日まで財前の手によって情事の度に開発されてきた性感帯であった。

「やっ、財前……っ、そこ、あかん……っ」

もともと、遅い時間まで家族が居ない状態での泊まりとなった時から謙也の気分は昂っていた。
家族に気を使うことなく行為に及べると期待して身体がその気になっていたところにお預けをくらい、謙也の身体は些細なことでも簡単に火がつく状態だった。

「財前っ、ほんまに堪忍…っあ…!」

身じろぎした拍子に財前の身体に強く押し付けてしまった股間には、無意識に体勢を変えようとする財前に思わぬ刺激を与えられる。
「あっ、あっ…はぁ…っ」

性的な意思を持たないままに財前の膝が謙也のものを刺激し、耳元では財前の規則正しい寝息が聞こえる。
生暖かい息が吹き掛けられ、それすらも、今の謙也には身体を燻らせる刺激となった。

「んん…っ、謙也さん…」

「っ!あっ、財前……財前……っ、も、起きてやぁ!」

低く呟かれた自分の名前が耳にダイレクトに吹き込まれる。
熱を持った身体にその声は甘く響いた。

「や……っ、あっ、はぁ……っ、あん……っ」

気が付くと謙也は無意識に腰を揺らしていた。
これ以上はまずいと頭ではわかっていても、揺れる腰は止まらず中心は固くなり熱を持ち始める。

「あっ、あっ、ふぅ……っ、んあっ」

じわりと湿り始めた中心はもう熱を解放したくて仕方がなくなっている。

(だめ、だめ……っ、これ以上は……)

頭の中では止めなければと思うのに、身体は快楽を欲してしまう。

「あっ、あっ、やぁっ、だめ、も、出てまう……っ」

謙也の身体がびくびくと震え、腰が厭らしくしなる。

「あぁっ、は…ぁ…っ」

くたりと脱力した謙也の下着の中は吐き出した精液で濡れていた。
熱を吐き出して少し冷静さを取り戻し、途端に罪悪感が湧いてくる。

「うぅ……財前のアホぉ……っ」

相手との間に意思の疎通がないまま自身が行った行為と、欲に抗えず達してしまった事実に情けなさが込み上げ、じわりと視界が歪んだ時だった。

「ん……謙也さん……?」

今までのような無意識に呟かれたものとは違い、明確に自身に向けられた言葉に謙也は肩を揺らして顔を上げた。
目の前にはまだ少し寝ぼけた様子ながらも目を覚まして自分の姿を瞳に映す財前が居て、謙也の顔は一気に熱を帯びていった。

「ざ、ざいぜっ」

「え、どないしはったんすか?」

「あ、あの……っ、あの」

状況を説明出来ない程混乱する謙也だったが、自身の膝に感じる熱と湿った感触に、財前は大体の状況を悟ったようだった。
謙也にもそれは伝わり、ますますに顔に熱が集まる。

「お、前が……あんなん、するから……何度も呼んだんに、起きひんし、俺…っ」

引かれるかからかわれるか、普段ならば財前の軽口にも軽く合わせて対応できる謙也だが、今ばかりはいつものようにかわすことが出来る自信はなかった。
今いつもの調子で、きもいっすわなんて言われようものなら、視界を覆う水分は直ぐにでも零れてしまうだろう。
そう思い謙也はせめて財前にその情けない顔を見られないように顔を伏せて財前の言葉を待ち構えた。
しかし財前の対応は謙也の想像していたものとは違っていた。

「すみません謙也さん……俺膝当ててもうたんすね……」

頬に手を当て伏せた顔を上げさせ目尻に浮かんだ涙を親指で拭う財前は心底すまなそうな顔をしている。

「ほんますみません……泣かんといてや……」

「……なんやねん……いつも散々焦らして泣かすくせに……」

「それは意識のある時の話やし、ちゃんと加減しとるっすわ……無意識に謙也さんのこと不安にさして泣かすんは本意やないねん」

幼子をあやすように謙也を抱き締め背中を擦る財前。
謙也もそのぬくもりに安堵の息を吐き、財前の背中にそっと腕を回す。

「ほな、仕切り直そうや……シてるときお前の声聞けへんの不安やねん……」

「可愛えこと言いはりますね」

財前は謙也の耳元に唇を寄せ、吹き込むように囁く。

「今度はちゃんと気持ちよぉさせますね」

ぽっと顔を赤らめた謙也を見て、財前は小さく笑った。





室内に響く肌のぶつかり合う音の合間に上がるくぐもった声。
たくし上げたシャツを口に咥え、謙也は財前の愛撫によって押し寄せる快感に喘ぎながら声を殺す。

「んぅっ、ん……っ、ふぅ…っ」

「謙也さん、声出して」

「んっ、んぅ……っ」

「謙也さん、声聞かしてくださいよ」

財前の言葉に反して謙也はシャツを更に噛み締め、ふるふると首を振った。

「な、聞かして?」

子供が駄々をこねるように再度首を横に振って拒否する謙也。
けれど無理して声を我慢しているため、酷く苦しげに胸を上下させ呼吸を繰り返している。
その様子を見て、財前は少し考えたあと謙也の耳元で甘く囁いた。

「お願い。俺も謙也さんの声聞けへんと不安やねん」

思いがけない言葉に謙也はパチパチと目を瞬いて財前を見上げる。
手応えを感じて、財前は畳み掛けるように言った。

「俺ばっかやのうて、謙也さんも気持ちよぉなってもらえんと意味ないねん。声出してもろて感じとるんわかると安心するんすわ」

謙也は暫く思案するように視線を泳がせると、おずおずと咥えていた服を口から放した。
上目使いに財前の反応を伺う謙也を財前は愛おしく思った。
自分の羞恥心よりも財前の不安を解消する事を選ぶ。
謙也はそういう人間なのだ。

「おおきに」

「ん……っ」

唇に啄むようにキスを落とすと、財前はまたゆっくりと律動を始めた。
その動きに合わせて謙也は薄く開いた唇から小さな声を漏らす。

「あっ、あっ、はぁっ、んっ」

まだ羞恥心が抜けない謙也は声を極力抑えようと努めるが、それでも唇の隙間から漏れる声を抑えることは出来ない。
自分の声に頬を染める謙也の姿が、財前の興奮を更に煽る結果となっていることに謙也は気付いていなかった。

「ここ、ええですか?」

「んぁっ、は、そこ、あぁっ」

反応を見て謙也の感じる場所を突き上げると、一際高い声を出して喉をそらす。

「あぁっ、は、あっ、あぅっ」

謙也の身体は財前の突き上げる動きに合わせてびくびくと震え、塞ぐことの出来ない口からは甘い声が漏れる。
徐々に素直に快感に溺れていく謙也を財前は満足そうに見詰めながら、謙也が望んだ自身の声を聞かせるように何度も名前を呼び、彼に不安を感じさせないよう努める。

「謙也さん、好きやで」

「あっ、ふぁ、ざいぜ、あんっ」

財前の声が耳に吹き込まれる度に、謙也は身体だけでなく、心にも快楽を与えられる。
低く甘く響く財前からの愛を全身に受けて謙也はただただ快感に酔いしれた。




「なんか……ごめん……」

行為の後、いつもなら布団に潜り込みピロートークを楽しみながら事後の甘ったるい空気を醸し出している筈だというのに、謙也は財前から少し離れて叱られた犬のように俯いて膝を抱えている。

「なに凹んどるん?」

「我ながら我慢きかなすぎや思って……寝込み襲ったみたいになってもて……」

「謙也さんがエロいことすんの期待しとったん気付いとって寝落ちした俺も悪かったっすわ」

「なっ」

期待していた、と断言されて羞恥に言葉を詰まらせたが、事実なので謙也に反論の余地はない。
謙也はばつの悪そうな顔をして視線を反らした。
財前は謙也ににじりよるとその身体を抱き寄せてそのまま布団に寝転がる。

「わっ」

謙也を抱き込んだまま布団に包まったため、必然的に財前の胸に頬を寄せることになり謙也はもがいた。

「ざ、財前……っ」

「もうええでしょ。俺もしたかったし。せっかく一緒におるのにいつまでもそんな離れとらんでくださいよ」

せっかく一緒に居るのに、そう言われては謙也は再び財前を押し退けて膝を抱える気にはなれなかった。
謙也だって今日のこの時間を楽しみにしていたのだから、漸く訪れた財前と触れあえる時間だというのにみすみすそれを壊してしまうなんて事は出来ないのだ。

「……ん、せやな」

大人しく抵抗を止めた謙也に、財前は目を細めて啄むように額にキスをする。
漂い始めた甘やかな空気は直ぐに互いの心の内を満たしていった。
そして小さく聞こえた欠伸に、謙也はまた笑ってくしゃっと財前の艶やかな髪を撫でる。

「電気消すな?」

「ん」

ベッドサイドに置いたリモコンに手を伸ばし明かりを落としてすぐ、耳元から聞こえだした寝息に苦笑する。
やはり眠かったのだろう。
悪いことをしたな、と思ったが、財前のキスが優しかったのはきっと謙也にそう思って欲しくないからだと謙也も気付いている。
だから謙也はこれ以上、自分を責めるのは止めることにする。

「おやすみ」

財前の胸に頬を擦り寄せて、謙也も睡魔に身を任せて瞼を閉じた。


― 終 ― 2016/02/21up