いつもいつもうざいくらいに構ってくる先輩等の中でも一際うっとおしく構ってくる先輩がいる。
別に嫌いやないけども、もともとそういう事を面倒くさがる俺は軽くあしらってかわしてた。
あの人はそれでも俺に構い続けた。
毎日毎回会うたびに話し掛けて腕を絡めて、可愛ないなぁとか言いながら。なのに。









     可愛い人










「謙也さん」

「あ、ああ。なんや?」



最近謙也さんはめっきり構ってこなくなった。
とうとう嫌われたんだろうかとも思ったけどその割りには一定の距離を保って傍にはいる。
けれども今までみたいに触ったりはせんようになった。
挨拶しても話し掛けても無視はされない。
それどころかちょっと大袈裟やないかと思うくらいの返事を返す。
けど、最近俺は謙也さんと目を合わせていない。
合いそうになると謙也さんは露骨に目を逸らす。
新手の後輩虐めか。
他人にはたいして興味はない俺もさすがに腹が立った。
だってあの人は俺以外には普通なんや 普通に喋って普通に笑って普通に触れる。
何が違うんや俺と他の連中と。
悔しいから謙也さんの手に偶然装って触ってやった そしたら。



「あっ…その…スマン…」


物凄い勢いで離れた手はあっという間に身体ごと遠くへ逃げた。
なんやねんそれめっちゃムカつく何で俺だけ。



「謙也さん」

「っ!来んなっ!」



それだけ言って謙也さんは俺から逃げようとした。
あの人が走りだしたら俺に勝ち目はない。
だから俺はその前に謙也さんを捕まえる。



「離せ!」

「なんすかそれ、俺が何したっていうんや一方的にに避けられて逃げられてムカつくんやけど」


つかんだ腕を引っ張って肩を掴んで身体を反転させると謙也さんは自分の腕で顔を隠す。
「見んな」と叫びながら必死にしゃがんで顔を伏せようとする彼の両腕を掴んで立たせると、
真っ赤な顔で、潤んだ瞳で、謙也さんは俺を睨んだ。


「見んなって言うてんのに…っ」

「なんやねんそれ…」

「キモいって言うやろお前!」



謙也さんが叫ぶ言葉の意味がわからん。
確かに口癖のように俺はそういう事を口にする。
けどそんなん周知の事実やんか何で今そんな事で



「こんな…触ったくらいでこんななって…変やん俺…なんやねんお前、俺が必死に…っ」



そう言う謙也さんは伏せた目からボロボロ涙を零す。
なんやこれ俺泣かすようなことしたか、してへんやろだって俺まだ何も言ってないやんか泣きたいんはこっちや。
そんな何とも言えないようなもやもやとした気持ちがぐるぐる俺の中を駆け巡っている最中、不意に謙也さんが呟くように言った。



「好きやねん…」

「は…?」

「お前の事好きや言うてんねんわかったやろもう離せや!」



掴んだ腕を謙也さんは必死に振り払おうとする。
だから望みどおり、俺はその手を離してやった。



「ざ、いぜ…」

「アンタ可愛すぎっすわ」



腕の中で、密着した胸から謙也さんの鼓動が聞こえる。
抱きしめたまま顔をくっつけて聞き入るように目を閉じた。



「財、前…」

「なんすか」

「何…って…やって…」

「嫌なんすか」

「嫌やない…けど…」

「けど、なんすか」

「…嫌や、ないん?」



謙也さんの声が震えた。
躊躇いがちに伸ばされた腕が俺の背中に回される。
触れた指が震えているのがわかる。なんやこの人何でこんなに

「嫌やったらせえへんわ」


そう言ったら背中に回された腕に力が込められた。
俺よりでかい男の目から、はらはらと涙が零れて、震える声で名前を呼ばれた。
「好きや」、なんて、耳元で小さな声で呟くから俺も同じ言葉を囁いた。

身体を離して顔を覗くと、涙でぐしゃぐしゃの顔で久々に見る満面の笑みを浮かべていた。



―――――――――ああなんて可愛い人。

〜fin〜