入学して10日目、一目見たときの印象は 最悪、やった。



     ―First impression―





朝の通勤、通学時間。電車は人でいっぱいや。
そんだけ人がいるなかで、よりによって目の前に立ったのは髪を金色に染めた同じ学校の生徒。
不良にしか見えへん。面倒なやつやと、そう思った。
俺は入学してからたったの10日で何度か耳に付けたピアスが原因でうざい先輩等に絡まれた。
生意気やだの調子こいてるだの、ほんまうっとい。
なら外せば済む話やけど何か癪やからそれはしなかった。
当然今も付けとる訳で、目とか合わせたら絶対ヤバそうやと思ったけど、人が多くて身動きが出来ないこの状態では逃げようがない。
俺が居るのはドアの前で、こっち側は暫く開かん筈やから下車もできん。
絡まれたら面倒やし、せめて下向いといたろと思ってたら、不意に上から声が降ってきた。



「気分悪いん?」

「は?」

咄嗟に顔をあげるとその人と目が合う。
金髪男の瞳に、不愉快を隠さんと眉を顰めた俺が映っとった。

「下向いとったから…気分悪いんちゃうかなーって…」

「別に…そういうんちゃいますけど…」

「さよか。ほなら良かった。」

その人懐っこい笑顔は、第一印象からは想像もつかんかった。
切れ長のつり目、ぱっと見キツそうな印象やったけど、笑うとずいぶんと優しげな顔になる。

「自分、四天宝寺やろ?一年?俺二年の忍足言うんやけど」

「一年…すけど…」

「やっぱそうか〜同いにはおらんし三年やなさそうやしと思っててん。電車通学とか慣れんと大変やんなぁ」



なんやこの人。
一方的に喋ってる目の前の男に、俺は訝しげに視線を向けた。
思っとったような人やなかったけど、結局絡まれてしもたやんか。
忍足先輩は俺のそんな視線に気付いたのか、喋るのを止め苦笑いを浮かべた。

「や…すまんな、つい…」

「いや…別に…」

急に謝られて黙られてもなんや気まずい。
電車に揺られながら、目的の駅に着くまでの時間を持て余す。
暫く向かい合ったまま、俺は忍足先輩の顔をぼんやりと見つめとった。
整った顔立ち、俺よりも少し高い身長、髪は脱色の所為かだいぶ傷んどるけれど、ふわふわとしていて触ったら柔らかそうや。
そうして暇を潰していたその時、電車が激しく揺れた。
人の波が大きく揺れて、所々で小さな声があがる中、ふと、あることに気付いた。
苦しくない。思い返せば初めからそうやった。
横に目をやると、俺が背を預けている扉に突っ張るように忍足先輩が手をついとった。
押し寄せる人の波から庇うように、忍足先輩は俺と自分との間に僅かな隙間を作っとる。
せやから、俺は苦しくも痛くもない。
ようやく忍足先輩が自分を庇ってくれてたことに気付いた俺は、無意識にこの人の顔を凝視しとった。
それに気付いたのか、忍足先輩はふわりと笑う


「苦しない?もうちょい我慢してな?」

なんやこの人。
しんどいのは自分の方やん。
自分が可愛げない反応をしてることくらい自覚しとる。
ほんまになんで、会ったばっかの無愛想な後輩にこんな優しいんや。
そう思ってたら、アナウンスが目的地の駅名を告げる。
電車はゆっくりと速度を落とし、一気に人の波が動いた。
開いたのは俺達が居ったのと反対側の扉。

「あかん、降りそこねてまう」

そう言うと、俺の手を取りそのまま引っ張って出口へと向かった。
冷たい俺の手を握る掌が熱い。
人混みから離れ一息吐いた辺りで、忍足先輩はハッとして慌てたように手を離した。
ちょっとだけ名残惜しい。



  ―――  って、なんやねんそれ



「あ、すまん、その…」

「いえ、おおきに。」

俺の顔を見て、忍足先輩は何故か顔を赤くした。
なんやろ。なんか変な事言ったやろか。

「あ…そや俺、名前聞いとらんかっ―――」

「謙也〜」

言い掛けた言葉を止め、忍足先輩は肩を震わせた。
声のした方を見ればやはり同じ制服を着た人が遠くから手を振っとる。
友達やろか。

「白石!」

「何しとん、今日日直やろ〜?」

「ああっ!あかん忘れとった。ほな俺行くな」

そう言うと、忍足先輩は尋常やない速さで走っていった。
なんやあれ、どんだけ足速いねん。
結局俺、名乗ってへんのやけど。
1人残された俺は、のろのろと学校に向かう。
握られた手に、あの人の温度がいつまでも残ってる気がした。


「忍足…謙也先輩、か」

また会えるやろか。柄にもなく、そんなことを思う。



しかしその時は、案外すぐにやってきた。


俺達が再び出会ったのはその数時間後のことやった。
コートの中、ぎょうさんおる人の中でも目立つ金髪。
仮入部に行ったテニス部に、あの人はいた。
仲間達の中で太陽のように笑う忍足先輩に、釘付けになる視線。
大勢の友達に囲まれて楽しそうに笑うあの人。
ああ、やっぱ友達多いんやな。
あんなええ人やったら当たり前や。
あれじゃきっと俺のことなんか、もう眼中にないんやろな。
たまたま見かけたちっこい1年が電車で人に押しつぶされないように庇ったった、それだけの事や。

と、不意に、忍足先輩がこちらを向いた。
まるで俺の視線に気付いたみたいで、内心戸惑う。
ぎょうさんおる仮入部の一年の中に視線を彷徨わせ、その視線はある一点で止まった。


「あ、今朝の子やんか!」

視線は真っ直ぐ、俺の方を向いていた。
相変わらず人懐っこい笑顔で、忍足先輩はこちらに寄ってくる。


「自分テニス部入るんか?うわ〜偶然やなぁ!よろしゅう!って俺名前聞いとらんやんな」

チカチカと眩しい笑顔や。
けど、その眩しさは嫌いやない。
そのキラキラした髪に負けない、キラキラした笑顔は嫌いやない。

「財前光」

「おん?」

「自分、財前光言います。今朝はおおきに、忍足先輩。」

一瞬、きょとんとした顔で見つめていた忍足先輩は、再びにっこりと笑った。

「光か、綺麗な名前やね!」


俺の名前を綺麗と言ったこの先輩の方がずっと綺麗やなんて、らしくない事を考えた。
多分、きっとこの瞬間から、俺は恋におちたんや。
――― 一目見て、最悪やと思っとった人は、本当は最高に素敵な人やった。



〜fin〜









あとがき

二人が電車通学してるのかとかそうだとしても同じ方向なのかとか色々突っ込みどころがあるかと思いますが
生温かい目でスルーしてやってくださいまし。