トントンと机を叩く目の前の後輩の指先を見詰める。
軽快なリズムを刻むその音は決して苛立ちを表す音ではなく、優しくて楽しげで、その表情もどこか楽しそうや。
きっと気に入ったメロディを思い付いたんやな。
そう思うと微笑ましくて、俺まで楽しくなってくる。
たいした会話もしてないけどそれがちっとも苦痛やなくてむしろ穏やかで心地よい。
ペンで紙に譜面を描きながら財前はそのメロディをなぞるようにもう一度机を叩いた。
文武両道を掲げる四天宝寺は運動部と文化部の掛け持ちを義務付けられとる。
俺が所属しとる文化部は軽音部で、一年の時からドラムをやっとった。
掛け持ちやから、テニス部で見知ったメンバーでこっちも被っとる連中も何人かおったけど。
2年に上がってテニス部の新入部員として入ってきた財前を、音楽室で見かけたときには驚いた。
まさかこっちでも一緒になるなんて。
けどテニス部入るときも不協和音がどうの言うてたし、音楽好きなんやろなと納得したんを覚えとる。
そして相変わらず愛想のない財前を俺は1年の時からユウジらと組んどったバンドに引っ張りこんだ。
同じ運動部同士の方が部活スケジュール一緒やから!なんてもっともらしいことを理由に掲げてみれば。
「しゃあないっすね」なんて言いながらもメンバーに加わってくれた。
それから数ヶ月、テニス部でもよう絡んどったし、ダブルスを組むこともあり、
文化部でも財前と居る時間が増えると、初めは掴めなかった財前のキャラを掴めてきて、
その毒舌にも慣れてきた頃には財前も俺に少し懐いてくれたんかなって感じるようになった。
自分のことも色々話してくれるようになって、教えてもらった趣味は作曲らしい。
パソコン使うて作曲って、俺には全く知識ないからやり方とかよおわからんけど、俺も軽音部入るくらいは音楽好きやしめっちゃすごいやんなんて興奮して食い付いたら、珍しく照れとった。
そんな財前が木下藤吉郎祭で弾く曲を作ることになったきっかけは、何の気なしに言った俺の一言やった。
ある文化部の活動日、組んだグループで集まってステージで弾く曲を決める事になって、俺らはあーでもないこーでもないと話し合いを進めとった。
そんなとき、ふと思った。
財前の趣味が作曲やと聞いた時からいつかあったらいいなと思っとったこと。
それを口にした俺に、財前は驚いたように目を丸くした。
「財前の作った曲、弾きたいな」
「え」
いつもみたいにめんどいっすわーってあしらわれるかなと思ったけど、財前の反応は意外なものやった。
「ええんすか……?」
「ん?」
「俺んで、ほんまに」
その言い方は、俺が良いと言えば作ってくれる。
そういう意味に聞こえて、思わず財前の肩を掴んで力説してもうた。
「ええに決まっとるやん!お前が作った曲を俺らで弾くとか最高や!それって世界にひとつの俺らだけの演奏やろ!
そんなん楽しいに決まっとるわ!なぁ、財前!お前がええなら俺、お前が作った曲めっちゃ弾きたい!」
矢継ぎ早にそう伝えると、普段気だるげに細めとるその目を真ん丸にして、財前は俺の顔を見詰めた。
後ろから軽音部の部長の『こらー忍足、後輩苛めんなー』て声が掛かって慌てて部長の方を見て否定する。
「ちゃ、ちゃいますちゃいます!苛めとらんです!」
そんな俺の腕の間からくすくすと笑い声。
誰の声か、意外すぎて一瞬わからんかったけどそこに居るんは1人だけ。
俺に掴まれた肩を震わせて、財前が笑っとった。
「忍足先輩、必死すぎや」
そんな風に笑っとる顔は可愛らしくて、なんやちょっとドキドキしてもうた。
「しゃあないっすね」
「おぅぁ?」
財前の笑顔に心を奪われとった俺はなんのことかすぐ理解できず裏返った声をあげた。
それも面白かったんか、財前はなんすかその声、なんて言いながらまたクスクスと笑う。
「作りますわ、曲。その代わり手伝ってくださいよ」
「て、つだう?」
「嫌なんすか」
「そないなことない!けど、作曲なん役に立たへんかも……」
「そんな期待してないっすわ」
「なっ」
言い返そうと思ったけど、財前の顔が楽しそうやったからその文句は飲み込んだ。
そのあとユウジたちを放置して勝手に話進めたことをちょっとだけ怒られてもうたけど、おもろそうやからって皆もOKしてくれた。
それから俺らは空いた時間に曲の打ち合わせをするようになった。
朝や放課後は運動部の活動が多いし、そっちを疎かにはできひん。
文化部の活動の時は楽器触れる貴重な時間やし、財前は今年入ったばっかやからなるべく楽器使って演奏合わせるんに慣れていきたい。
そうなると必然的にそれ以外の時間を使うことになる。
昼休みに二人で音楽室で向かい合わせになって曲を考える。
いうてもほとんど財前が考えて、俺はそれを見て凄いとかかっこええとかちょおリズム遅いんやないかとか言うだけや。
速さについてはたいてい俺の感覚が速すぎるんやって一蹴されとるけど。
そうして何日か過ごしているうちに、俺はなんやえらい違和感を抱えとった。
日に日に打ち解けてる感じがするのに、財前が俺を呼ぶたびにむずむずする。
そして俺は漸くその違和感の正体に気が付いた。
「忍足先輩は―」
「な、その忍足先輩言うのやめへん?」
ずーっと引っ掛かってたモヤモヤの正体に気が付いた時、俺は即座にそれを口に出した。
「苗字で呼ばれるんあんま慣れてへんし、なんやよそよそしい感じしてな」
「……ほななんて呼ぶんすか」
「んーせやなぁ」
テニス部の連中も仲良い奴ら皆名前で呼ぶようになったし、ここはやっぱ名前で呼んでもらお。
「下の名前。テニス部の皆も謙也って呼ぶようになったし、財前もそう呼んでや」
「ほな、謙也、先輩?」
「先輩、んー先輩もなー……もっとこう、気安い感じで」
「……じゃ、謙也さん?とか」
「お、ええな!それでいこうや!」
「ほな、謙也さんで」
「おん!」
名前で呼ばれるだけで、また一歩財前と仲良くなれた気がした。
何日か二人で曲の相談を続けとるうちに、文化部の活動日がやってきた。
今日も組んだグループ事に話し合いや練習が行われとる中、まだ途中やけど、そう前置きして財前は今ある部分までの楽譜をユウジと小石川の前に差し出した。
その楽譜を見て、二人は口を開けて固まった。
「これ人間業か?」
「どないして叩くんこれ……?」
「さあ?」
ユウジと小石川の困惑した視線に、財前は平然と答えた。
その楽譜は俺は先に見とったけど、そんな驚く程難しかったやろか?
「さあって……」
「こんなん普通の人じゃ叩けませんわ」
「どういうこっちゃねん……?」
「謙也さん」
質問しとる二人を後目に、財前は楽譜を俺に差し出した。
「こんなん叩けるん謙也さんくらいっすわ。どうにかできるやろ、浪速のスピードスターさん?」
お気に入りの通り名とともにそう言われたら途端に胸が熱くなってどうしようもなく嬉しくなって、思いっきり頷いた。
「任せとけっちゅー話や!」
「単純やなぁ……」
そう呟いたユウジの呆れた声に突っ込むんも忘れて、俺はいそいそとスティックを握った。
「ほないくでーっ!!!見とき!これが浪速のスピードスターのスティック捌きやー!!」
忍足煩いで!ってどっからか部長の声が飛んできたけど、気にしとる余裕はなかった。
はよこのメロディを叩きたくてしゃあない。
財前は俺にしか叩けへん言うた。これは俺だけの音なんや。
そう思うとわくわくして堪らない。
軽くスティックを回してその譜面を目で追いながらドラムを叩いていく。
財前が作ったメロディが俺の手で一つ一つ音になって、それが連なって譜面通りの曲を奏でていく。
譜面の最後まで叩ききったら爽やかな爽快感。
トチることなく叩ききれたから自己採点もかなり高得点や。
「へぇ、ほんまに叩けましたね」
少し驚いた様子で目を丸くした財前はそのあと嬉しそうに目を細めた。
「めっちゃ気持ちええ!めっちゃいいわこれ!なぁ、財前っ!俺この部分めっちゃ好き!」
そう言うたら、財前は満足げに笑っておおきにって呟いた。
「ほんまに叩きよった……」
「……あいつの腕どないなっとんねん。千手観音か」
自分で言った言葉に、ん?千手観音……と呟いてメモをとるユウジ。
なんかネタでも思い付いたんやろか。
まあいつものことやから放っておく。
「あ、うちらボーカルとかどないする?」
メモ帳から顔を上げたユウジが思い付いたようにそう言った。
そう言えば考えてへんかった。
ユウジの言葉に、財前は眉を顰めた。
「俺、作詞はせんですよ……」
「んー、インストバンドでええんちゃうか」
それを察したように提案された小石川の言葉に、財前も頷く。
財前がこの曲にどんな歌詞を乗せたいんか聞きたい気もするけど……。
財前が無理言うてるの無理強いはできんし、俺もユウジもそれに同意してうちらのバンドの形態はインストバンドに決まった。
そして財前はユウジと小石川にも楽譜を渡す。
それぞれ自分の担当のパートを見て、ほぉとかへぇとか声を漏らす。
勿論バカにしたような態度やない。
感心したように譜面に目を通すと、各々楽器を持ち出して順番に弾いてみせた。
自分で叩いたドラムの部分もめっちゃ気に入ったけど、二人が弾いたとこもめっちゃよかった。
実際弾いとる二人もめっちゃ楽しそうやし。
弾き終わると、二人は財前に向き直って感想を伝える。
「ええやん、これ」
「こんなん作れるなん凄いやん。通して弾くん楽しみやな」
ユウジは気に入らんもんをええとは絶対に言わんし、小石川もお世辞で言うとるんやなくほんまにそう思って言うとるんやと顔見たらわかる。
俺は思わず駆け寄って財前の手をとった。
「やったな!財前!二人もこう言うとるしほんまに財前に曲作ってもろてよかったわ!」
「まだ途中やのに、はしゃぎすぎっすわ……」
ずっと傍で見とって、財前が一生懸命曲作ってくれとったん知っとる。
やから、二人も財前の曲をええと思ってくれたことがほんまに嬉しい。
財前はそんな俺に『先輩うっさい』とかまた辛辣な事を言うけど、心なしか嬉しそうに見えた。
それからも何日も財前と相談し合って、曲は徐々に出来てきた。
俺はあんま役に立っとらんかもやけど、財前はそれでええって言うし、休み時間には必ず音楽室に来てくれとった。
俺も、財前の指先から生まれるメロディを目の前で見とるんはめっちゃ楽しい。
そうして出来ていく曲は俺にとって、かけがえのない大切なもんやった。
***
ある日の休み時間、今日も財前と曲の打ち合わせに音楽室にむかっとったら、どこからかなんや不穏な声が聞こえた。
「なんやお前、テニス部の天才クンやんか」
「あー聞いたことあるわ、自分一年やろ。ずいぶん生意気な態度やんか」
「テニス部は後輩にどんな躾しとるん?」
「あんま先輩なめとると痛い目みるで」
「ピアスなん付けてイキっとるん?一年の癖に」
テニス部の天才で一年なんて、それに当てはまる人物は俺の知る限り1人だけ。
慌てて声のする方に向かうと、思った通りそこには財前が居た。
どうも相手は3年の先輩らしい。
こっちに背を向けとる財前の表情は見えんけど、いつものような佇まいは怯えとるようには見えん。
先輩らはそんな態度も気に入らんと怒鳴っとるけど、投げつける言葉は言い掛かり以外のなにものでもない。
咄嗟に間に入ろうと駆け出したとき、先輩の一人が財前の腕に抱えられとった楽譜を引ったくった。
「なんやこれ、楽譜?手書きやん」
「っ、返し」
それまで黙っていた財前が初めて反応を示し、先輩らはそれが財前にとって大切なものと悟ったんか口角を釣り上げた。
「へえ、大事なんや?こんなんが」
「なんや、見たことない曲やん。自作か」
「なんやそれ、自分が作ったんや?ダッサ」
「あんたらの評価なんどうでもええねん、何言われようが知ったこっちゃないわ」
「なっ、んやねんお前!ほんまムカつく」
先輩らがいきり立って財前に食って掛かる。
そのうちの楽譜を持った方が開いた窓に向かってその腕を振り上げた。
手から放り投げられた楽譜の飛んでく先は決まっとる。
「止めっ」
思わず叫んだ声はなんの意味もなく、財前の気持ちが詰まった大事な曲が、窓の外に向かって投げ捨てられた。
あかん、そう思った時には窓に向かって手を伸ばす財前を追い抜かして窓に駆け寄って身を乗り出しとった。
舞い落ちる1枚を掴み取って、とり逃した何枚かに向かって更に手を伸ばすと身体が傾いて空やった筈の視界に地面が見える。
落ちる そう思った瞬間悲鳴みたいな声で名前を呼ばれて凄い力で廊下に引き戻された。
そのままの勢いで床に傾れ込むと柔らかい感触と荒い息が顔に当たる。
何が起こったんか、理解する前に怒号が響いた。
「なにしとんねん!」
至近距離で大声で怒鳴られて、肩がびくりと跳ねた。
恐る恐る顔をあげると、財前が見たことのない泣きそうな顔で睨んどって、その表情は俺の胸を締め付ける。
一生懸命作ってくれた大切な曲やったのに投げ捨てられるなんて。
そんなん悲しいに決まっとる。
財前の肩越しに、先輩らが悪態をついて立ち去るのを呆然と見送っとったら、もう一度耳をつんざくような怒鳴り声が響いた。
「聞いとるんすか謙也さん!!」
「ご、ごめ……っ、楽譜……」
我に返ってそう言うと、財前は俺の両肩を掴んで目を見据えてまた怒鳴った。
「アホか!今は楽譜なんどうでもええねん!そんなん何度でも書き直します!あの曲はあんたのために作ったんや!
あんたおらんかったら意味ないねん!わかってるんすか!?あんた今そっから落ちるとこやったんや!
死ぬかもしれんとこやったんや!アホ!アホっ!!」
そう捲し立てると、財前は肩で息をしながら俯いた。
その酷く震える手が、ゆっくりと俺の肩から背中に回される。
財前に抱き締められとる。
「ほんまに……っ、無事で、良かった……っ」
そう言うて、財前は俺を抱き締める腕に力を込めた。
たった一枚だけ掴みとった楽譜が俺達の間で押し潰されてぐしゃぐしゃになるのも構わずに。
財前は楽譜捨てられてあんな顔しとったんやなかったんや。
俺のために、俺のせいであんな泣きそうな顔しとったんや。
胸が痛いくらいに高鳴る。
「ごめん……」
「アホ」
「ん……ごめん……」
「ほんまアホや……」
何度かアホとごめんを繰り返して、財前の震えが止まったのを見計らって身体を離した。
俺の手の中でぐしゃぐしゃになってもうた1枚の楽譜を財前に返すと、財前は漸く表情を和らげて、おおきにって呟いた。
***
「あ、ここにもあったで」
「おおきに、これであと二枚っすわ」
「そっか。風向き的にあっちの方やろか……」
あれから俺らは投げ捨てられた楽譜を探しに表に出た。
窓から投げられた楽譜の何枚かは風に流されて広範囲に散らばっとって、方々探して集めて回る。
残りの2枚を探して並んで歩く財前の横顔は、いつも通りの表情や。
その横顔から、財前の心情は読み取れんかった。
「あ…………」
辺りを見渡しながら歩くと、白い紙が2枚、目に入った。
見つけた、そう思ったんも束の間。
水に浮かんでたゆたう白い紙を見て、気持ちが沈んでいく。
見つかった2枚は校内の噴水に浸かってしもうとった。
「…………」
拾い上げてその音を読み取ろうとしたけど、インクが滲んでもうたその譜面は読み取るんは難しかった。
水滴が滴るずぶ濡れの楽譜を腕に抱くと、財前はやんわりと制した。
「制服、濡れてまいますから」
「けど、けどっ、こんなんあんまりや……っ、あんな一生懸命作ってくれたんに……これじゃもう弾けへん…」
「謙也さん、俺がバックアップ取っとらんとでも思うてます?」
「…………バックアップ?」
「今までのぶんは全部PCに打ち込み済みっすわ」
意味がよくわからん、バックアップっちゅうと咄嗟にダブルスのフォローが浮かぶ辺り俺も大概頭ん中テニスでいっぱいやな。
わからんっちゅう顔がまるわかりやったみたいで、財前はもう一度丁寧に説明してくれる。
「つまり、全部家にデータにして保存してあるっちゅうことです」
「ほな……ちゃんと残ってるんや……」
「大丈夫っすわ」
「よかった……」
深く吐いた息と共に零れた言葉に、財前も深く息を吐く。
「ほんまに、他人の心配ばっかやな」
呆れたように笑いながら、財前は俺の腕の中の楽譜を取ると背を向けて校舎に向かって歩き出した。
「財前」
慌ててその後を追う。
相変わらず何を考えとるんか、表情からは全く読めへんかった。
もうあんま時間ないけど、残りの休み時間はいつものように音楽室に向かった。
白い紙を間に置いて向かい合わせに机に向かう。
「謙也さんのおかげで考えとったん全部吹っ飛びましたわ」
「うっ…………すまん……」
「でも、あんたと一緒に考えた方がええもん出る気がするんで、ええです」
柔らかい表情を浮かべてペンを握った財前はいつものように紙を前に曲を考え出して、指先で机を叩く。
あっ、この感じ好きやな。
そう思いながら聞き入ってたら、財前は俺の反応を窺うように視線を寄越して譜面に書き込んでいく。
きっと曲はもうすぐ完成するやろな。
そしたら皆と合わせて練習して、いつかステージの上で皆の前でそれを演奏するんや。
そう思うとワクワクして堪らない。
けど、曲が完成に近づくにつれて、少し寂しさも覚えた。
曲作りが終わったら、もう財前とこうして休み時間に二人で会うこともなくなってまうんかな。
いつの間にか俺は、財前と過ごす時間を無くしたくないと思っとった。
財前と居ると楽しい。
もっと一緒に居りたい。
財前と過ごす時間を無くすのが寂しい。
そんな気持ちが顔に出る前に、もっと楽しい気持ちになれる話題を探してそれを口にした。
「なあ、これってどんなイメージで作ったん?」
「ん?」
「この曲、聞いとるとなんやドキドキしてくんねん。作詞はせんいうてたけど曲のイメージとかなんかあるんやないん?」
そう聞いたら財前は珍しく照れたように視線を泳がせる。
「まあ………ありますよ、歌詞ってほどでもないですけど…この曲のイメージっちゅうか伝えたいことみたいなもん」
「えっ!?ほんまに!?教えてやぁ」
「……曲が完成したら、教えたってもええですよ。謙也さんにだけ、特別に」
特別なんて言うから、一気に顔が熱くなった。
顔を背けた財前の耳が少しだけ赤くなってるのをからかう余裕もないくらい、早鐘を打つ鼓動を静めるのに必死やった。
曲が完成したら、財前は何を教えてくれるんやろ。
楽しみで仕方なくて騒ぐ胸に気をとられて、俺はまだ財前から送られる熱を孕んだ視線に気付かんかった。
財前からその曲に込めた意味を聞くんは、もう少しあとの話。
〜fin〜
2015/03/8 up