ある休日の午後、切れかけてるグリップテープを買いに行こうと思い立ちバスに乗った。
目的地は駅の近くのスポーツショップ、だったんだけど。
昨日遅くまでゲームしてたせいかもしれない。
バスに揺られているうちにすっかり居眠りしちまって、気が付いたら目的地を完全に通りすぎてて……
「マジかよー……」
着いた先は行き慣れた街じゃなくて全然見慣れないとこだった。
とりあえず降りてみたけど、どこだここ。
逆方向のバスに乗っていつものとこに戻る手もあるけど、結構賑やかな駅前のバス停で何でもありそうだし、スポーツショップもあるかも。
なんて考えて携帯で付近を検索しようとして気付く、現在地を表示した地図にあったこの一番近くの学校って。
「ちょっと、そんなとこで立ち止まってたら邪魔なんだけど」
不意に後ろから掛けられた聞き覚えのある声。
振り返ればやっぱり見覚えのあるやつがそこにいた。
「越前!何でここに……?」
「そっちこそ。うちは近くだけどあんた神奈川でしょ」
ああ、やっぱここ青学の近くなんだ。
そう思うと同時に閃いた。
ちょうどいいところで会った知り合い、しかもここはこいつの地元らしい。
「助かった!なぁ、ちょっと案内してくんね?」
「は?案内って……」
「ちょっと居眠りしたらバス乗り過ごしちまって、起きたらここに着いてたんだよ。スポーツショップ行きてぇんだけど、また戻るよか近くの探して行った方が早いじゃん?」
「……」
めっちゃ嫌そうな顔してる。
相変わらず生意気なやつだな。
とはいえ今はこいつが頼りだ。
「なー頼むよー」
「……俺も雑誌買い行くから、ついてくるならくれば?」
「あっ、月刊プロテニスか?俺も読んでるぜ」
「くるの?こないの?」
「行くって!」
慌てて越前の隣に並ぶ。
隣を歩く越前から会話を振ろうって気配は微塵も感じない。
かといって俺が話を振ってもかろうじてたまに相槌が入る程度でほとんど無視だ。
つまんねぇ奴。
そのまま大して会話もなくスポーツショップに着いてお互いに好きに店内を見て回って、買い物を終えて店を出ると、また見覚えのある人が目に入った。
あれは……
「じゃ、俺はこれで」
「なああれお前のとこの先輩じゃね?」
「は?」
あの人を見間違える筈がない。
「あ、不二先輩」
「だろ?何してんのかな」
「さあ」
明らかに誰かを待ってるっぽい。
あんだけイケメン、つか美人だとやっぱ皆ちらちら見てるな。
絵になるってこういうことだよなー、彼女でも待ってるのかな。
とか思ってたその時。
「ごめん、不二。待ったかい?」
「幸村。大丈夫、今さっき着いたところだよ」
思いがけない人の登場に思わず声が出そうになったけどギリギリ止めた。
「あれ、あんたんとこの部長さんじゃん」
「隠れるぞっ」
「は?えっ?ちょっと」
咄嗟に越前を引っ張って物影に隠れる。
そこから部長たちを見てると、二人は俺らには気付かず歩き出した。
「とりあえずなにか食べるかい?」
「そうだね、近くにお勧めの喫茶店があるよ。珈琲が美味しいんだ」
「へぇ、いいね。そこにしようか」
なんか会話をしながら、二人は喫茶店に入っていった。
「……何で隠れたんすか。疚しいことでもあるわけ?」
「え、いや別に……」
「とりあえず俺もう帰るんで」
「なぁ、あの二人どこいくんだろ、気にならねぇ?」
「…………人の話聞いてる?」
「なあなあ、お前も気になるだろ?」
「別に」
「良いじゃん、ついてこうぜ。案内の礼もあるし喫茶店の分はおごるからさー」
「ちょっ、ちょっ!なんで!!」
こんな珍しいのなかなか見られねぇし、ついてったら面白そうだ。
なんとか越前を引っ張って喫茶店に入った。
ちょうどいい席が空いてたからそこに通してもらって、バレないように席につく。
「ちょっと…切原さん、ここ大丈夫なの?」
越前は落ち着かない様子でキョロキョロしてる。
「大丈夫だって死角だしバレないバレない」
「じゃなくて、値段…」
「え…?」
差し出されたメニューを見て目を疑う。
なんだこれ…コーヒーだけで800円以上するじゃん…。
「嘘だろ…」
その時、店の制服をきた女の人が水とおしぼりを持ってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、あー、えぇっと…」
今さらやっぱでるって言いづらいし、とりあえず、何か安めのを頼むしか…。
「オレンジジュースで」
俺より先に越前が注文する。
「なにお前オレンジジュース飲むの?」
普段生意気で澄ました顔してファンタとか飲んでるけど、ちっこくて小学生みたいな見た目でオレンジジュースなんて飲んでるとこ想像したら妙に似合ってなんか可愛いじゃん。
そんなこと考えて思わず口許を弛めたら越前は眉間にシワを寄せて睨んできた。
「悪い?」
「別にー?可愛いとこあるじゃん。俺ならもっと大人っぽいの頼むけどな〜」
「………意味わかんないんだけど……じゃあ早く頼みなよ。待ってるじゃん」
言われて見ると、店員の女の人が困ったように笑いながら伝票を持って待ってた。
「ああ!すんません、えーっと俺このエスプレッソ?で!」
「エスプレッソですね、かしこまりました…エスプレッソで、宜しいですか?」
なんか強調された気がするけど…
「大丈夫っす!」
自信を持ってそう返した。
「うー……」
それを俺は既に後悔してるわけで…。
「せんえん…」
「だから言ったじゃん」
越前の忠告を思い出したのは注文してから10分後。
エスプレッソとオレンジジュースが目の前に並んだ後だった。
なんかすげぇカップ小さいんだけど……。
ちなみに越前のオレンジジュースは400円。
この店で一番安いやつだ。
「俺グリップテープ買いに来ただけだったのに…」
「なら買ったら真っ直ぐ帰ればよかったのに、何でこんなとこ来てるんすか…」
「だって気になるだろ?青学の不二さんとうちの幸村部長がこんなとこに居るなんて意外すぎだろ!?」
「別に意外でもないでしょ。趣味合いそうじゃん」
趣味合いそうか?……ああ、合いそうか。
合宿で同室で植物の話とかすげーしてたし。
「でもさ!他校同士で休日に二人で出掛けるほど仲良く…」
なるか。なるよな。
丸井先輩にもしょっちゅう氷帝のなんかすげーボレー使う人が会いに来てるし。
俺だって同室だった財前とかとゲームの話したし白石さんと美容院の話したし。
たぶんあっちが大阪でなきゃ遊びに行ってただろうし連絡先だって交換したし。
ましてや東京と神奈川近いし、そりゃ普通に会うよな。
不思議でもなんでもない。
「あー…俺何しにきたんだろ……」
「それはこっちが言いたいっす…とにかくさっさと飲んでかえ」
「……もうこうなったら、とことん追い掛けちゃおうぜ」
「は?」
そうだよ。
せっかくここまで来てなんもなしに帰るとか悔しいじゃん。
「俺雑誌買いに来ただけなんでさっさと帰って読みたいんだけど?」
「雑誌はいつでも読めるじゃん!尾行は今しか出来ないしー探偵っぽくね?」
「めんどくさい……」
「いーじゃん、なーいいだろー?」
越前がすげぇ嫌そうな顔してジュースを啜る。
そういや俺もコーヒーのまなきゃ冷めちまうな。
カップを手にとって口元に運んで一口……。
「うぐっ」
苦い。
そういえばエスプレッソにしたんだった。
エスプレッソってこんな苦いのか?だから店員さんは念を押したんだ……今さらやっぱ砂糖とミルクくださいなんて言えねぇ……。
「すっごい顔……苦いんじゃないの」
「な、なんてことねぇよ!」
「ふーん、ま、良いけどね」
「……ぐっ」
「涙目なんだけど」
「……な、なわけ、ねぇだろ」
正直辛い。めちゃくちゃ苦い。
けど、どうにもそれを認めたくなくて必死になってそれを飲み続ける。
カップ小さすぎだろと思ったけど、今となってはその小ささは救いだった。
残すなんて勿体ないこと、しかもあれだけ啖呵を切った手前出来ない。
なんとか全部飲み干した。
そのまま最初に出された水を飲み干したけど、口の中は苦いままだ。
水のおかわりを貰おうとしたけど、ここででかい声出したら部長達にバレちまうよな。
どうしようかと思ってたら、目の前にコップの半分くらい残ったオレンジジュースが差し出される。
「越前?」
「寒い。冷えた。飲んで」
簡潔にそう言って、越前はふいっと顔を背けた。
「いいのかよ!?サンキュ!」
味のあるオレンジジュースでなんとか苦いのは治まった。
そんな俺を見て越前が深く溜め息吐いてるけど、そんなに寒いのか。
よくわからないけど、俺としては助かったわけで。
「ありがとな!助かったぜ!」
「助かった、ね……」
「え?あっ!いや別に深い意味はねぇっつうか、喉乾いてたから助かったっつー意味で」
「どうでもいいけど、先輩達行くみたいなんだけど」
言われて視線を向けると先輩達が席を立って会計に向かうところだった。
「やべっ、行こうぜ!」
慌てて会計を済ませて外に出ると、数メートル先に背中が見える。
先輩達はまた談笑しながら何処かに行くみたいだ。
「じゃ、俺はこれで」
「これでじゃねーって!行くぞ」
「……はぁ」
大袈裟にため息をつく越前の手を引きながら先輩達の後をつける。
10分くらい歩いて部長たちが入っていったのは、植物園?
「ありがとう幸村、なかなか植物園に興味のある人がいなくて」
「俺も、周りに植物に興味ある人がいないんだ。不二が誘ってくれて嬉しかったよ」
「それなら良かった」
「うちの真田なんか、花を見ても『堪らん桜だな』とかしか言わないからね」
「ふふっ、変わった感想だね」
「そうなんだ、何を見てもそればかりでね。合宿で君達と同室になれてよかったよ。白石も来られたら良かったんだけどね」
「残念だけど、彼は大阪住まいだからね……」
「そう言えば、白石が毒草があったら写真を撮って送ってくれと言ってたね」
「ああ、でも僕らにわかるかな?説明があればわかるけど……」
「彼の場合植物園の説明書きに書いてないものの知識まで持ってるからね。有名なのなら書いてあるかもしれないけど」
「合宿に持ってきてたトリカブトなんかは自分で育ててるしね。珍しいのがあるといいけど」
「そういえば、氷帝の滝は生け花が趣味だそうだよ」
「へえ、それは是非見てみたいな」
楽しそうに会話しながら二人はでかい看板のあるコーナーに歩いてく。
そこは期間限定のコーナーみたいで、看板には『世界のサボテン』とか書かれてた。
そう言えば、不二さんはサボテンが好きって聞いたことあるかも。
こっそりとあとをつけながら、俺達もサボテンコーナーに入っていく。
中は見たことないサボテンがいっぱいあった。
サボテンなんてよくある埴輪みたいな形したでっかいやつかボールみたいなとげだらけのやつしか知らねぇけど、思ったより種類があって綺麗な花が咲いてるのもあった。
サボテンって花咲くんだ。
「サボテンの花は綺麗だと知っていたけど、こんなにたくさんの種類を見るのは初めてだな。本当に綺麗だね」
「そうなんだ、月下美人なんかは有名だけど、あまり名前を知られてないサボテンにも綺麗な花が咲くのもたくさんあるんだ」
「いいね、サボテンか…俺も育ててみようかな」
「幸村の好きな花はダリアだっけ?」
「ああ、そうなんだ。どの花も好きだけど、ダリアは特にね。そうそう、“皇帝ダリア”って品種があるんだよ」
「へえ、それは……ふふっ、君のところの副部長みたいだね」
「やっぱり、不二もそう思う?俺もそう思ってさ、昔真田に写真見せたんだよ。そうしたら、『堪らん花だな』だって」
「……ふふっ、そっか、やっぱりその感想なんだね……」
「ちなみにポーズはこんな。ねぇ、ちょっと手塚辺りで想像してみて」
「ふふふっ、あはは何それ」
何喋ってるのかよく聞こえないけど、副部長がよくやってる腕を組んだポーズを見て不二さんが笑い出した。
「不二先輩どうしたんだろ……珍しい」
「なんか、真田副部長の話がツボに入ったみたいだな……たぶん」
「まあ、うちにはいないタイプっすね。あの人」
「手塚さんは?」
「全然違うでしょ……あんな頑固親父みたいな人とうちの部長一緒にしないでよ」
「が、頑固親父……否定はしねぇけどさぁ」
「どうでもいいけど見失うんじゃない」
「あっ、やべ」
越前に言われてまた慌てて後をつける。
サボテンコーナーをあらかた回ったら、今度は別のコーナーに行くみたいだ。
ついていくと、なんかちょっと迷路みたいになってる庭にいろんな色の花が咲いてる。
「これは、バラか?なんかすっげー種類あるな」
「バラの品種ってめちゃくちゃ多いじゃないっすか」
「だってバラとか花屋に売ってるのくらいしか知らねーもん」
先輩達のあとをつけてた筈なのに、あんまりいっぱい種類があるからつい見ちまって尾行が疎かになってた。
そう、いつの間にか俺は先輩達の姿を見失ってたんだ。
迷路みたいに入り組んだ庭園。
気付かれにくそうだと思ってたけど、それはつまり向こうの動きも気付きにくいということで。
「そういや綺麗な花には棘があるって言うけどさ、それって先輩達みたいだよなぁ」
「は?何のこ……」
「綺麗な顔してるけど威圧感バリバリなとことかさ。見た目女子みたいだけと超怖いしさー」
「き、切原さん……」
「ふぅん、誰のことだい?」
「そりゃ不二さんと幸村ぶちょ……」
振り返ったらすぐ目の前に腕をくんだ幸村部長の姿があった。
その後ろには不二さんがいて穏やかな笑顔を浮かべてるけどなんか怖い!
そんな不二さんは越前の傍に寄っていって話し掛けた。
「越前も珍しいね、植物園に興味あったのかい?」
上手く口裏合わせてくれよってアイコンタクト送ってみたけど通じたかな……。
越前はちらってこっち見て不二さんに答えた。
「や、切原さんに連れてこられただけっす。先輩たち尾行するんだって無理矢理」
「え、越前っ」
さらっと白状しやがった!
「あー、いや、偶然っす。入り口でたまたま見掛けてそんな尾行ってほどじゃ」
「ところで赤也、エスプレッソは美味しかったかい?」
「やー超苦くて……って何で知って!?」
「切原くん、僕らが気付いていないとでも思っていたのかな?」
「あんなバレバレの尾行で気付かないとでも思ったのかい?ずいぶん舐められたものだね、赤也?」
「いや、その……すみませんっしたぁ!!」
腰を90度曲げて頭を下げる。
そんな俺の頭の上から、笑いを含んだ声が降ってきた。
「でも、君達の楽しそうな様子を見ているのも楽しかったからね。おあいこだよ」
そう言って、部長は俺と越前の頭をくしゃくしゃと撫でた。
怒ってはいないっぽい?
「試合では敵同士だけど、次世代を担う子達の交流は大切だしね」
「じゃあ、二人も一緒にまわろうか」
「え!?」
不二さんの提案に部長も頷く。
「いいね!ボウヤもいいかい?」
「いや俺は」
いいかい?なんて疑問系で聞いてるのに越前の台詞を全部聞く前に部長はその腕を掴んでた。
がっちりと掴まれて逃げられない。逃がしてくれる気もたぶんない。
「赤也も、いいかな?」
「い、イエッサー!」
当然俺も断るなんて選択肢はない。
敬礼しながらそう返すと、部長は満足そうに笑った。
それから小一時間くらい植物園をまわって日も暮れ掛かった夕方、部長達は夜のライトアップを見て帰るって言うから俺らは先に帰ることにした。
「赤也、気を付けて帰るんだよ」
「越前もね」
「っす」
「子供扱いしないでくださいよー」
「子供扱いなんてしてないよ。先輩として後輩を大事に思うから心配するんだよ?」
「部長……っ、俺のことそんなに……っ」
「また寝過ごして終点まで行かないようにね」
「そういう心配っすか……」
ちょっと感動してたのに……肩を落とす俺に部長はクスクス笑って言った。
「冗談だよ。じゃあ二人とも、またね」
「お疲れ様っしたぁ!」
「お疲れ様っす」
手を振って園内に歩いていく二人を見送って出口へ向かう。
「あー……せっかくの休みだったのになんか部活出てた気分……」
「俺はあんたに巻き込まれたんだけど?」
「うっ……それはその……悪かったよ」
「ま、それなりに楽しめたよ。あんたの面白い顔見られたしね」
ほんっと生意気だなこいつ!まあ俺も探偵ごっこみたいで楽しかったけどさ!
「でもなーんかもの足りねぇんだよなー。あーテニスしてぇ」
「なら、家で打ってく?」
「え!?お前ん家?」
「一応コートあるんだけど」
「マジかよ!?」
「ちゃんとしたのじゃなくて良いなら」
「良い良い!!」
言いながら、ワクワクする気持ちが押さえきれなくてつい笑っちまう。
やっぱ俺は探偵ごっこよりテニスする方が楽しいな、と越前の背中を追い掛けながら思った。
〜fin〜
2015/06/07 up