いつも通りすぎる駅のアナウンスを聞きながら、取り出したスマホでアプリを起動して日課になった文章を打つ。
『もうすぐ駅着くでー、もう帰っとる?』
すぐに既読の文字がつき、端末が振動する。
その文章を見て、俺は電車の中だというのについ口元が綻ぶのを止められなかった。
『俺も着くとこです。一緒に帰ります?』
そのたった一文で心が踊った。


今日は珍しく光と帰りが重なった。
こんな感覚はいつぶりやろか。
授業終了のチャイムを今か今かと待ち侘びたあの頃のような懐かしい感覚に心躍らせながら、目的地の駅に到着するのを扉の前で待つ。
聞きなれたアナウンスを聞く余裕もないまま足を踏み出し、電車が走り去るのを見送ることのないままに階段を登る。
改札を出たらすぐ目の前に光は居った。

「光っ!お待たせー!」

中学生時代、昇降口で待っとる光に駆け寄って良くこう言った。
そんなとき光はいつも仏頂面で待っとって、遅いだのなんだの文句を言う。
今となってはそれも懐かしい。
あの頃よりだいぶ柔らかくなった表情で、光は俺に視線を向けた。

「お疲れ様です」
「ただいま!」
「おかえりなさい」

慣れた挨拶を交わして、どちらからともなく歩きだす。

「なんやこうして待ち合わせて帰るなん懐かしいなぁ、中学ん時思い出すわ」
「そうっすね」
「よお買い食いとかしたよなー」
「久々にします?善哉奢ってくださいよ」
「おー、買うたる買うたる」

あの頃に戻ったような懐かしいやり取りを交わして、コンビニで光に善哉と俺は肉まんを買うて出る。
家に帰る前に冷めてまうからそのまま近くの公園に寄ってくかっちゅう話になった、ちゅうのは建前でほんまはもう少しこの懐かしい時間に浸っていたかったからわざと肉まんを選んだんやけど。
この寒いのにだのなんだの文句を言いながら、結局のところしゃあないっすね、と付き合うてくれる光。
懐かしそうに目を細める彼を見て、同じ気持ちを感じてくれとるんかなと思った。


人気のない公園でベンチに並んで腰を下ろし、手に持った袋から善哉を取り出して光に手渡す。

「はい、善哉」
「おおきに」
「なーひとくちくれへん?」
「はいはい」
「お返しな」
「どーも」

口に入れた肉まんを咀嚼する光の顔を見ながら、毎日のように一緒に帰っていたあの頃を思い出す。
さっさと食い終わった俺とは対照的に、光はカップの中の善哉を少しずつ掬って味わうように口の中でもぐもぐとやっとる。
俺には絶対にできひん食い方やけど、苛立ちはせんかった。
それは昔も今もかわらない。

「あの頃はこーして食い終わってもいつまでもしゃべっとったなぁ」
「俺まだ食い終わってへんし。だいたいあんたが喋り続けとっただけやろ」
「よぉ言うわ!まだ帰りたないって顔して話きいとったくせにー」
「謙也さんこそいつまでも話やめんかったやないっすか」

くすくすと小さく笑う光につられて俺も笑う。
からん、とカップの中もプラスチックのスプーンが音をたてた。
いつの間にかカップの中身は空になっとった。

「ごちそうさま」
「帰ろか」
「そっすね」

二人並んで帰路につく。
途中スーパーに寄って夕飯の買い物をすることにした。
だいぶ寒くなってきたから今日は鍋にしようかなんて、夕飯のメニューの相談をしながら同じ家に帰る日がくるなんて、あの頃の俺らには途方もない願いで、夢のような未来やった。
半分に分けた荷物の片方を当然のように光が持つ。
自動ドアが開くと肌を指すような冷気が俺達を包んだ。

「さっむっ、はよ帰りましょ」

そう言って微笑む光に頷き家路を急ぐ。
あの頃よりずっと大人っぽくなった光に、毎日のように胸をときめかせる瞬間がある日々に幸せを感じて小さく笑った。





その晩、懐かしい夢を見た。
夜の帳が降り始めた夕闇色に染まりかけた公園で、隣に座る制服姿の光が瞳を揺らす。
幼い顔立ち、出会ったあの頃の姿。
部活という繋がりがなくなって一緒にいる時間が減って、俺の卒業が眼前に迫っとったあの頃の俺達や。
暗くなり始めた公園で、まだ帰りたない、口にはせんけどそう言われとる気がして。
そしてあの頃俺もたぶん、同じ目をしとった。
あと少し、もう少しだけ此処でこうしてたい。
毎日そう思いながら、公園の時計の針が別れなければならない時刻を示すまでの僅かな時間を、しがみつくように二人で過ごした。

「謙也さん……」

夢の中の光が寂しげに名を呼ぶ。
そんな光に俺は笑い掛けた。

「謙也さん……?」
「大丈夫やで、光」

目をパチパチと瞬かせる光。
その手をとってぎゅっと握って、光の目をみて言うた。

「大丈夫……今はまだ不安かもしれへんけど、俺ら大丈夫やで」
「……?」
「光、これからもずっとよろしゅうな!」

そう言った瞬間目が覚めた。
朝日の眩しい光で満たされた寝室に、夢の中の幼さの残る声より落ち着いた低音が響く。

「何がよろしゅうなんすか?」

視線を向けると2つ並べた隣のベッドに腰掛けた光が居った。

「……え、あれ?え!?俺なんか言うた!?」
「俺の名前呼んでこれからもよろしゅう言うてはりましたよ」
「うわぁめっちゃはずい……」

寝起きの目を軽く擦りながら起き上がり、光にまた視線をやる。

「めっちゃ懐かしい夢見たわ。中学ん時の夢」
「中学ん時の?」
「おん。昨日久々に公園寄ったからやろか?光と二人で公園におって、もう帰らなあかん時間なって、そんで光がめっちゃ寂しそうな顔しとったから笑って大丈夫やでって言うたんや」

そう説明すると、光は少し考えるような素振りを見せたあと瞠目する。

「…………それ、俺も見ましたわ」
「え?ほんまに!?偶然やなぁ!やっぱ昨日懐かしい思出話したからかなぁ」
「ちゃいます。俺が見たんは10年前っすわ」
「10年前?」

思いがけない年数に驚く。
10年前に光も同じ夢を見とったんか。

「あんとき言えんかったこと、やっと言える……」
「え?」

聞き返した俺の声には答えずに、夢の中の俺がしたように、光が俺の手をとってぎゅっと握った。

「こっちこそ、これからもよろしゅう」

光の言葉が夢の中の俺への返事やと気付いたとき、俺達の唇はもう重なっとった。

-終-
2016/1/24開催の全国大会CSの無配でした。お持ち帰りくださった方、ありがとうございました。

2016/02/01 up