ある麗らかな休日の午後、隣には他校の先輩の姿。

「桃城君、これとかどう?」

「おっ、いいっすね!似合います?」

「似合う似合う!」

「じゃあこれに決めます!」

千石さんに選んでもらったリストバンドを持って意気揚々とレジに向かう。
ついこの間までは連絡先すら知らなかったのに、部活絡みでもない完全なプライベートでこの人と会うようになるなんて思わなかった。


数週間ほど前のこと、ふとしたきっかけで千石さんと連絡先を交換した。
それは千石さんが絵に描いたような不良に絡まれてたのを助けたのがきっかけだった。
そしてそのまま喫茶店で喋ってたらなんだかんだで意気投合。
その日の夜に連絡がきて、休みの日にスポーツショップに買い物にでも〜なんて話になって。
そんなやり取りを何度かして今に至る。
正直、最近の俺は千石さんに会うのが楽しみだったりする。
いつの間にか増えた千石さんとのメールや電話も楽しみだし、たまにこうして会う為に何か口実を考えてる自分にも気付いてる。
話してて気付いたけど、千石さんには不思議な魅力がある。
彼の交遊関係の広さからもそれはうかがえた。


「あ、千石くん」

「あれ?ミキちゃん久しぶり〜」

「あれ、お友達?山吹の子じゃないよねー?」

「あ、うんそう。青学のテニス部の―」

街中で彼の知り合いに会うことなんて珍しいことじゃない。
誰にでも分け隔てなく接することが出来る人だから、慕う人も多いんだろうなと思う。
手を振って友達を見送る千石さんをぼんやりと見ていると、彼は何かに気付いて俺の顔を覗き込んだ。

「桃城君?疲れた?」

「あ、いえ!全然!」

「そう?なんか元気ないように見えたからさ」

「そんなことないっすよ!」

嘘。
本当は少しだけ気分は沈んでた。
千石さんが誰に対しても優しいのは知ってる。
それは彼の長所だ。
それを咎める理由はないし、そんな権利も俺にはない。
だけど心のどこかで、それに嫉妬を感じてる自分がいる事に最近気付いた。

「ならよかった。どっか入ろうか?俺腹減っちゃった」

「あ、そういえば俺も……どこ行きます?」

「んー、どうしよっか……桃城君って何が好きなの?」

「俺はエビカツバーガーとかっすねー。千石さんは?」

「俺はお好み焼きともんじゃ」

「あ!それも好きっす」

「じゃあ俺のお気に入りのお好み焼き屋行く?」

「行きます!」

千石さんに会うたびにこうして彼の事を知るのが嬉しい。
千石さんに会うのが楽しい。
そう思うと同時に、どんどん欲張りになっていく自分がいるのも自覚してる。

「……他の人ともよく行くんすか?その店」

「ん?んー、山吹のメンバーとは行くかな〜?元々皆と部活帰りに見つけた店なんだ」

「そうなんすね」

「あ、でも山吹のテニス部以外の人に教えるのは初めてかも」

「えっ、それって……」

「うん、連れてくの桃城君が初めてかな」

我ながらなんて単純。
こんなたった一言で有頂天になっちまう。
この感情はいったいなんなんだろう。
その答えを知りたいようなまだ知らずにいたいような複雑な気持ちを抱えたまま、次の約束を持ち掛ける。
そんな日々を繰り返して、あの日からそろそろ一ヶ月が経とうとしていた。


* * *


ある日の昼休み、早弁で弁当を食いきっていた俺は今日も購買に向かって廊下を急いでいた。

「桃城君」

呼び止められて振り返ると、そこにいたのは他のクラスの女子だった。

「ん?なんだ?」

「……あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、日曜日桃城君が他校の男の子といるの見掛けて……彼、知り合い?また会う予定とかあるかな……?」

日曜日、他校の男子、そのワードなら思い付くのは一人しかいない。

「あ、千石さんか?千石さんなら今日会うぜ。知り合いかと言われたらまぁ知り合いだけど……」

「ほんと?良かった!」

話を聞いてみると、数週間前にその女子が数人の男に絡まれた時、助けてくれたのが千石さんだったと言う話だった。
そしてそれは、俺が千石さんと連絡先を交換したあの日でもある。

「それで、あの……お願いがあるんだけど……」

手に持っていた手紙を俺に差し出す。
勿論俺宛じゃないのはわかってる。
それを渡したい相手が誰なのか、言われる前からわかってた。


* * *


ここ最近は部活がない日は千石さんと出掛ける事が多くなっていた。
木曜のオフ日である今日も、放課後千石さんと待ち合わせしてたりする。
だけど今日は、何故かせっかく千石さんに会うのに妙に気が重い。
バッグの中にしまったのはあんなに小さくて軽い封筒なのに、肩にかかる重みがずっと増した気がした。
ただ手紙渡すだけなのに、この苛つきはなんなんだ。
約束したからこのまま渡さないなんてわけにはいかない。
けど、いつもなら楽しみなあの人との待ち合わせ場所に着いても俺の気分は曇ったままだった。

「桃城君」

俺の姿を見付けて、千石さんはひらひらと手を振った。
姿を見ると、沈んだ気分を押し退けてやっぱり会えて嬉しい気持ちが沸き上がってくる。
まだ、後でいいか。
これを渡したらきっとその後はその話になる。
せめてギリギリまでいつもみたいにテニスや互いの話をして過ごしたかった。


今日は何か目的があったわけではなかったから適当に街に遊びに行くつもりで歩き出すと広めの公園の前で千石さんが何かに向かって指差した。

「ねぇ、あの移動クレープの店知ってる?美味しいって有名らしいけどいつもめちゃくちゃ混んでるんだって。あんなに空いてるの珍しいんじゃないかな」

「へぇ、そんな美味いなら食ってみたいっすね。並んでみます?」

「うん、俺も気になってたんだ。なに食べようかな〜」

クレープは大して待たずに買えたけど、千石さんの言う通りあの移動クレープの店は人気らしくあっという間に俺らがならんだ人数の数倍の行列が出来た。

「うっわ、すぐ買えてラッキーだったね」

「そっすね……千石さん何にしたんすか?」

「俺苺。桃城君のは?」

「俺はチョコバナナっす」

「それもいいね。後で交換しようよ」

「いいっすよ。とりあえずどっか座りますか」

クレープ屋台の周りは既に座れる場所はないようで、喧騒から離れて人気のない場所を探して歩き出した。
公園の奥の方まで行くとだいぶ人気がなくなってきて、俺たちは目に留まった二人がけのベンチに腰を下ろす。

「はい、どうぞ」

言葉と共に差し出されたのは千石さんの苺クレープだった。

「あ、いただきます」

差し出されたクレープを一口齧る。

「美味しい?」

「おっ!本当にこれめちゃくちゃ美味いっす」

「よかった」

「じゃあこっちもどうぞ」

「あ、うん……いただきます」

心なしか千石さんの頬が赤い気がする。
無意識なんだろうけど、俺の方を見る目が若干上目使いでそれが赤い頬と相まってなんだかやたら可愛らしく見えて、妙に照れくさくなった。
差し出したクレープを千石さんも一口齧る。

「うん、美味しいね」

目を細めて笑う千石さんにどきっとする。
フェミニストなこの人が普段から女子に優しくしてるのは知ってるし、こんな表情を向けられてる女子はたくさんいるんだろうけど、その笑顔が今は俺だけに向けられてる事に優越感を感じるのはなんなんだろう。
この人を独り占め出来る二人きりの時間が妙に心地よく感じる。
他の誰でもなく、今見せてくれてる姿は俺だけに向けられたもの。
それがたまらなく嬉しくて、この時間がもっと続いてほしいと思った。
クレープを食べ終えても話が尽きなくて、結局他に何処にも行かず公園で喋った。
千石さんと喋ってると、時間が過ぎるのがあっという間に感じるくらいに楽しかった。
けど、鞄にしまったそれを渡さないといけない事を思い出して気分が沈む。
そろそろ日暮れが近付いてくる。
帰る前には渡さないと、今日会うって言っちまったから、渡せなかったとも言えない。
俺は意を決して話を切り出した。

「千石さん……」

「ん?」

「あの、この間千石さんが男たちに絡まれた時あったじゃないっすか」

「あー、うんあったね。あん時はマジで助かったよ」

「あ、いえ……それで、あの時千石さん女子を助けてああなったんすよね?」

「え……なんで知って……?」

「あの時助けられた女子うちの学校の二年だったらしくて、日曜日たまたま俺といる千石さん見掛けたみたいで」

「そうなんだ?!偶然ってあるもんだねぇ」

そう言って笑う千石さんの前に、可愛らしい封筒を差し出す。

「えっと、これ……預かってて」

「え?なになに?」

それはその女子から預かったお礼の手紙だった。
千石さんは受け取って中を見ると、手紙にさっと目を通す。

「あーっと、その……中に連絡先入ってるんで、よかったら連絡ほしいみたいっす」

一番言いたくなかった用件を伝えると、それまで笑顔だった彼の顔に、僅かに影が射した気がした。

「あー……あはは、そっか……」

「千石さん……?」

さっきまでの笑顔とは違いどこか乾いた笑いをしていた千石さんは少しの間黙り込むと俺に手紙を突き返した。

「ごめん……受け取れない……」

「え?」

「ほら、部活もあるしさ、連絡とかできないと思うし、それなのによく知らない男が個人情報握ってるとか、女の子的にも怖いじゃん?だからさ、桃城君から本人に返してあげてほしいんだ」

千石さんからこんな言葉が返ってくるなんて思わなかった。
千石さんの事だから、こんなの喜んで受けとるだろうと思ってたし、連絡だって絶対するんだろうなと思ってたのに。
女子には悪いけど、でも正直ほっとしてる自分がいる。

「了解っす!」

嘘みたいに気持ちが晴れて思わず声が弾んじまう。
手紙を脇においた鞄に押し込む俺の背中に、千石さんが声をかけた。

「桃城君ってさ、あの子の事好きなの?」

その声が心なしか沈んでる気がして振り返ると、千石さんは普段俺によくそうするようなからかうような顔で俺を見ていた。

「え、何言ってんすか。俺は全然」

「だって、俺に連絡先渡す時めちゃくちゃ不機嫌だったじゃん?好きな子俺に取られるとか思ったんじゃないの?」

「は?俺は別に……」

「安心してよ、取ったりしないからさ。それより俺と遊ぶくらいなら彼女デートに誘った方が良いんじゃない?あ、自分とこの先輩に相談しづらいなら相談に乗ったげるよ?」

「だからっ、そういうのじゃないですって!」

ペラペラと俺の話を聞かずに喋りっぱなしの千石さんに軽くイラッとする。
さっきからなんで勝手に話進めるんだよ。

「だからさ、俺から連絡しといてなんだけど、暫く会うのよそうか……ほら、俺と会う時間あったら彼女と会った方がいいじゃん?相談ならいつでも電話してくれれば乗るから」

「だーもう!俺は千石さんと遊びたいんすよ!女子は関係ないでしょ!」

「またまた〜顔に出てたよ?渡したくないって」

「そりゃ思いましたけど!」

「ほら〜隠さなくたっていいのに」

「だから!俺が嫌なのは千石さんが会ってくれなくなることなんですって!」

「えー?それじゃあまるで………っ」

言いかけて、千石さんは言葉を途中で止めた。

「それって……、どういう……?」

「え?だから、千石さんが女子と付き合ったら俺なんかそっちのけに……」

「……っ!」

千石さんは突然目を丸くして一気に顔を赤くした。
自分でも気付いてるらしくそれを誤魔化そうとするように慌て出す。

「や……その……」

「千石さん?」

「な、なんかそれって、俺が君より女の子を選ぶのが嫌みたいに聞こえるんだけど……」

「だーから!そう言ってるじゃないっすか!」

「どうして……?」

「どうして、って……あれ?」

どうしてだろう?千石さんが女子と付き合うのがすげぇ嫌で、イライラしてた。
それが千石さんが連絡をしないと宣言したことで嘘みたいに気持ちが晴れた。
それはつまり。

「えっと、ヤキモチっすかね……?」

「ヤキモチって……?」

「あ、いや……その……」

思わずそう口にしちまってから、妙なことを言ったと思った。
続けて何か言いたそうな千石さんの言葉をさえぎって話を変える。

「ところで、さっきなんて言いかけたんすか?」

「え?なんてって?」

「それじゃあまるで、の後です」

何気なくした質問だったけど、千石さんはまたぽっと顔を赤らめた。

「あ、それは、えっと」

「それは?」

「……俺みたいじゃんって……思ったの……」

「……?」

「だ、だから……君が、俺が会ってくれなくなるのが嫌って言うから……」

「それって、俺たち二人とも同じ気持ちだったってことっすか?」

「そういう事に……なるのかな……?」

「千石さんもヤキモチ妬いてたんすか?」

「〜〜〜っ!そ、そうだって言ったら君はどう思うの……?」

「どうって……」

そう言われて考えてみる。
千石さんが俺と同じような気持ちでいてくれて、本当は俺と会う時間が減るのが嫌だと思ってくれてたんだったら。

「それは、嬉しい、っすね……」

言っててめちゃくちゃ恥ずかしいけど、率直な気持ちだった。

「嬉しいって……そんなこと言われたら、期待しちゃうな……」

「期待?」

「…………やっぱさ、会うのこれで最後にしよっか……」

「は?なんでっすか」

「君ももう会いたくなくなると思うし……」

「だからなんで!」

「好きなんだ」

唐突に告げられたそれが何を意味しているのかわからなくて二の句が継げないでいる俺に、彼は泣きそうな顔でもう一度言った。

「ごめんね……俺、君を好きになっちゃった……」

目に溜まってた涙の滴が一粒落ちるのと一緒に絞り出されたその声があまりにも悲痛で、だけどその言葉の内容は俺に今まで他人に感じたことのない感情を沸き上がらせた。
それは本当に初めて抱いた感情で、だけどパチンと俺の中であるべき場所に収まったような、不思議な幸福感を与えてくれる。
俺が彼に感じていた気持ちはつまり、愛しさなんだと思う。
この人が好きで、誰にも渡したくないと思う。
これが恋じゃなかったらなんなんだ。
何かに耐えるように俯いて、震える肩に腕を回して抱き寄せると耳元で息を飲む音が聞こえた。

「桃城、君……?」

「俺も、好きです」

「…………え?」

「俺も千石さんが好きです」

一度気持ちを自覚したら、その言葉はすんなりと口から出ていた。
密着した胸から千石さんの心臓が一気に鼓動を速めたのを感じた。

「ね……そんな事言われたら、本当に期待しちゃうから……」

「その期待通りの意味っすよ」

「本当に……?勘違いしてない?俺、君に恋してるんだよ……?」

「俺もですってば!千石さんの事が好きです。だから」

俺はそこで一度言葉を切って、身体を離す。
俺の言葉を待つ千石さんの表情はさっきまでの悲しげな顔から一変して熱っぽい瞳で頬を染めてて、何て言うか可愛い。
千石さんの両肩を掴んで目を合わせると、自分で思ってるよりずっと必死な表情の自分が千石さんの瞳に映ってた。

「俺と付き合ってください!」

暫しの沈黙。
何か間違っただろうかと自分の行動を3倍速で一通り思い返し終わった時、千石さんが声を発した。

「…………喜んで」

そう言って、嬉しそうに笑った千石さんがあんまりにも可愛くて、深く考える間もなくまた思ったことをそのまま口にした。

「あの、千石さんっ!キス!してもいいっすか!?」

「え」

千石さんは突然の申し出にポカンとした顔してると思えば、更に顔を真っ赤に染める。
それから少し視線を泳がせてから俯いた。
言ってからさすがにちょっとがっつきすぎたのかもしんねぇとか思ってたら、千石さんは伏せてた顔をあげて蚊の鳴くような声で言った。

「う、うん……いいよ……桃城君なら……」

「マジっすか?!」

「うん……」

「じゃ、じゃあいきますね」

はにかむように笑っていた千石さんの頬を両手で挟んで引き寄せる。

「えっ」

と、何か言おうとしたのが聞こえたけど止まれるわけもなく、そのまま半分ぶつかるみたいにキスをした。

「んんっ」

「ん……ちゅ…っ」

ふにっと柔らかい感触。
人の唇ってこんな柔らかいんだな。
ところでこれどんくらいしてたらいいんだろう、とか思ってたら苦しげに呻きながら千石さんが俺の胸を叩き出した。

「んーっ!」

それが抗議だと気付いて慌てて唇を離すと肩で息をしながら真っ赤な顔で睨まれる。
あ、ちょっと怒ってる。

「はぁっ、ちょっ、と!もうちょっとムードとかさぁ!」

「や、こういうの俺初めてで!千石さんみたいに経験ないんすよ!」

「俺だってないよっ」

「……えっ、えっ!?だって、千石さん女子とデートしたりしてるんでしょ?」

「それはあるけど、デートと恋人関係って全然違うでしょ!?キスとかほら……大事なことだし……」

恥ずかしそうに尻すぼみになる声と、真っ赤に染まった顔を見れば嘘ではない事はわかる。
けどやっぱり意外だ。
あの千石さんがまだ経験なかったなんて。
じゃあつまり今のが千石さんの。

「ファーストキスだったんすか!?」

「だって、ファーストキスなんて一生に一度なんだよ?!これでも大事にしてたの!」

「え!?なのに俺で良かったんすか?」

「…っ、良くなかったら、良いなんて言わないよ…っ!」

そんなに大事にしてたファーストキスを俺にくれるっていうのはつまり、俺の事めちゃくちゃ好きって事?

「な、何か言って……恥ずかしいから……」

「いやなんか、感動して言葉にならないって言うか……すげぇ、嬉しいです……」

「感動って、可愛いなぁ桃城君」

「千石さん、もう1回いいですか?今度はもっとちゃんとしたい……」

「えっ、う、うん……」

恥ずかしそうに頷くと、千石さんはそっと目を閉じた。
彼の頬に手を添えてそっと顔を近付ける。
さっきみたいな勢いに任せたキスじゃなくて、優しくしたいと思った。
自分も目を閉じてゆっくり近付くと、吐息まで感じて心臓が爆発するんじゃねぇかと思うほど鼓動が早くなる。
触れた唇はやっぱり柔らかくて気持ちいい。

「ん……っ」

暫くその感触を堪能してから唇を離して目を開けると、ちょうど千石さんも目を開けたところで視線がぶつかる。

「あ…………っ」

「…………っ!」

お互いなにも言えず見つめ合ったままの沈黙が無性に恥ずかしくなって、何か言わなきゃと思って一度視線を外して空を見ると、空はいつの間にか綺麗なオレンジ色に染まっていた。
俺の視線に気付いて千石さんも空を見上げる。
あ、と小さく声を漏らすのが隣から聞こえた。

「えっと、綺麗だね……」

「そうっすね……知ってます?こういうの撮影用語でマジックアワーっていうらしいっすよ」

「へえ、それは知らなかったな」

「不二先輩の受け売りっすけど……綺麗っすよね、あの色。

千石さんの髪の色みたいで」

「―――っ!」

「千石さん?」

「……それ、無自覚……?本当に君って面白いよね。……そういうところも」

そこで言葉を止めて笑った千石さんが俺の耳元に唇を寄せてくる。
まるで内緒話をするような、楽しいことを教えようとするような仕草に俺も楽しみになって耳を貸した。
そして、俺にだけ聞こえるような小さな声で囁かれたその言葉に、心臓がまた高鳴った。

「大好き」


悪戯っぽく笑う彼が可愛くて堪らなくて、思わずその身体を腕の中に閉じ込めたら千石さんは少し驚いたように肩を跳ねさせた。
小さく揺れた、肩越しに見た空と同じオレンジ色の髪が頬を撫でるのがくすぐったい。
千石さんの腕が俺の背中に回るのと、俺が彼の耳元で同じ言葉を返したのは同時だった。


〜終〜

2016/09/07 up