綺麗な星空。繋いだ手。君の吐く白い息。



          ぬくもりの欠片



          季節は冬を向かえ日が落ちるのが早くなった。
          上履きを吐き変えて外を見た跡部は、その暗さにうんざりした顔をする。
          いや、暗いのは別にどうでもいい。問題は気温だ。

          跡部は極度の寒がりで、冬は普段セーターの上にブレザーを羽織る。部活中はその上にジャージを着、
          そして放課後は樺地を風除けにマフラーと手袋を装備して帰るのだ。
          しかし今日は樺地が風邪で休み。珍しいことに今朝寝坊したせいで放課後二点セットも忘れた。
          更に迎えの車を呼ぶにも携帯を忘れた。どうしてこうも不幸が続くのか。跡部は己を呪った。

          こうしている間にもどんどん身体は冷えていく。仕方ないが歩くしかない。
          意を決して(大袈裟だが跡部にはそのくらいの覚悟が必要だった)足を踏み出した時、
          「あっとべー!」
          後ろから思い切り体当たりをされ、跡部はそのまま前方に倒れた。というか転んだ。
          弾みでぶつけた膝の痛みに悶える。ジローは何がおかしいのか腹を抱えて笑った。
          「こんなとこでさぁ、何してんの?」
          転ばせたことに全く謝る気は無いらしい。倒れたままの跡部の横にしゃがんで首を傾げた。
          何だかもうどうでも良くなってきて、跡部はそれについては何も言わなかった。
          まだじくじくと痛む膝を庇いつつ起き上がり、軽く汚れを掃う。
          「見てわかんねーのか、帰るんだよ」
          「一人で?そのカッコで?」
          樺地もマフラーも手袋も無いのがそんなに珍しいのか。
          ジローは大きな目を更に大きくして跡部を見つめる。そして何を言うかと思えば、
          「あとべー死んじゃうよー」
          などと本当に心配な表情をした。これでボケたわけではないから突っ込むことも出来ない。
          「死なねっつの。じゃあな」
          真剣なジローの言葉を慣れた態度で流し、今度こそ寒空の下に出た。


          玄関より格段下がった気温の中をひたすら歩く。空気が針となって体中を刺すような感覚。
          寒いというよりは痛い。吐き出す息も真っ白になって夜空に消えていった。
          死なないといったけど本当に死ぬかもしれないと、跡部もまた真剣に思ってしまった。

          いつもより数段早いペースで校門の手前まで指しかかった時。
          「待って、待って」
          声と共に、数メートル後ろからこちらに駆けてくる足音が聞こえた。立ち止まり振り返る。
          やっとで跡部の横に並んだジローが、息を上げながらニコッと笑った。
          「一緒に帰ろ」
          寒さのせいで自然と速まる跡部の足のスピードに慌ててついてきたのだろう。
          ジローの息が何度も白く浮かび上がるのを、斜め上からぼんやりと見つめた。
          「さっき思い出したんだぁ…えーと、あれ?」
          喋りながら背中に背負っていたリュックの中を漁る。ちまちま動くと小動物のようだ。

          よく女子が可愛いとジローの周りに集まっているのを見かけるが、外見と口調に騙されていると思う。
          彼は子供のような無邪気さと有無を言わせない強さを持っている。そして、策士だ。

          「あった! ほら、これしてなよ」
          宝物を見つけたかのように得意になって、ジローは手袋を差し出した。
          「してなよって…これをかよ」
          受け取ったはいいが、それはどう見ても自分には似合わないように見えた。
          白のふわふわの毛糸で編んであるミトン型の手袋。手首の辺りには白のボンボンまでついている。
          まるで女物だ。これをジローはしていたのだろうか。
          「実はさ、ばあちゃんに貰ったんだけど…可愛すぎんじゃん? でも」
          「俺なら似合うってか?」
          てへっと笑ったジローに笑顔を向け、そのまま頭を思いっきり叩いた。
          「痛っ!…で、でもあったかいし、暗いから見えないしいいかな〜って」
          確かに日はすっかり暮れてしまっている。明かりといえば外灯くらいしかないから、人に見られる心配もないだろう。
          跡部は叩かれた頭をしきりに撫でているジローを見、ため息をついてから手袋をはめた。
          「あ、やっぱ似合」
          そして思い切り睨み付けてジローの言葉を途中で遮った。



          真っ暗な空。星が見えると言ってジローが上を向く。この辺りは高いビルもネオンも少ないからだろう。
          「こういうの見ると寒いのもいいかなって思っちゃうよね」
          ジローが楽しそうに嬉しそうに笑った。
          「別に寒いのは関係ないだろ」
          「知らないの? 寒いと空気が澄んで星がよく見えるんだよ」
          視線は上に向けたまま。つられるようにして跡部もその視線を追った。
          「綺麗?」
          「……まぁな」
          「寒いの好きになった?」
          何となくこっちを見てるような気がして視線をジローに戻す。
          ジローは目をきらきらと輝かせていて、どんな答えを期待してるかなんて一目瞭然だった。
          きっと彼はこんな冬の寒さが好きなんだろう。

          「……多少、な」
          少し考えてから口にする。ぱぁっとジローの顔が明るくなった。
          別に喜ばせるために言ったわけではない。本当に、ただ純粋にそう思った。
          ジローはポケットに突っ込んだ跡部の手を取り、無理やり繋いだ。満面の笑みを見せる。

          「じゃあこれからは一緒に帰れるね!」


          一瞬彼が策士なのか天然なのか分からなくなった。
          今にもスキップし出しそうなジローの隣で、跡部は真っ赤になった顔を隠すように俯いて歩く。






          綺麗な星空。繋いだ手。君の吐く白い息。

          震える身体も癒えていく、温かな君の存在。









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柚須朔哉様のサイトでフリー配布されていたので頂いてきました。