「おーい 跡部 侑士見ててミソ~。」
そう言うと、向日は鉄棒に摑まりくるくると回る。
自慢の身軽さ、運動神経のよさを盛大に披露する向日をクラスのほぼ全員が注目していた。
賑やかに進む授業の中響く笑い声が、突如悲鳴に変わったのは
授業終了時刻のほんの数分前のこと。








―心配―







一日の授業も終盤に差し掛かった昼休み。
またあの人に煩く構われるのだろうと日吉はぼんやり思った。
そんなことを思いつつも、嫌な気がしない自分は相当 彼に溺れているのかもしれない。
そう思いながら四時間目に終わった数学の教科書を片付ける。
いつもならこの辺で、早々に教室を抜け出してきた向日がこの教室まで日吉を誘いに来る頃である。
学食なり購買で買うなり日によって昼食を取る場所はバラバラだが、向日は必ず最初に日吉を誘いに来る。
しかし、何時まで経っても当の本人が現れない。
授業が押しているのかと考えて、待っている内に十分も経ってしまった。
気になって、たまには自分が迎えに行くのもいいかもしれないと席を立つ。
三年の教室のある階に上がり、先輩の教室に向かう途中 廊下をパタパタと走ってくる人が見えた。
見知った先輩に、日吉は声を掛けた。
「忍足先輩。」
「日吉、ちょうどよかったわー、お前んとこ行くとこやってん。」
軽く息を切らせながら忍足は足を止めた。
「俺向日先輩を迎えに…。」
呼吸を整えた忍足は、顔を上げ話を始めた。
「岳人から伝言やねん、アイツさっき体育で鉄棒から落っこちて、今保健室に居るんや
それで…。」
言い終わらないうちに、さっと日吉顔色が変わる。
自分の心臓の鼓動が異様に早くなったのを感じた。
「たいしたことは――」
話の途中で日吉は思わず駆け出した。
忍足が振り返った時、既に日吉は廊下の突き当りまで走っていた。
彼の視界から消える寸前、日吉は一瞬だけ振り返り、ありがとうございました とだけ
大声で告げた。
「…ないんやけど…。」
忍足の声は日吉の耳には届いていなかった。




走りながら、日吉は色々なことを考えてしまっていた。
足を捻ったりしていないだろうか
骨折したりしていないだろうか
頭など打ったりしていないだろうか
酷い怪我をしていないだろうか
ずっと、そんなことばかり考えていた。
動かしていた足を止め、目の前のスライド式の扉を思い切り開ける。
「向日さんっ!!」
扉の向こうでは向日が一人 ちょこんと椅子に座っていた。
大きな瞳をぱっちりと開いて、保健室に飛び込んできた日吉の顔を信じられない
といった顔で見つめていた。
肩で息をしながら、日吉は向日を凝視している。
体育着のまま向日の右膝にはぺたんと一つ、小さな絆創膏が貼られていた。
まだ息が整わぬまま、日吉は向日に近付く。
「怪我っ、は…?」
「え、あ。膝、擦りむいただけ。」
「鉄棒から 落ちた、って…。」
「着地はちゃんとしたんだけどさ、その後滑って転んじゃって…。
跡部ってばすっげー怒ってさ~。大車輪禁止されちゃった。」
へへ、と 向日は赤い髪を掻き揚げて照れくさそうに笑う。
その笑顔がいつもの元気な笑顔で、彼が無事だったとわかると
ようやく日吉は安堵の笑みを浮かべ、座っている向日をぎゅっと抱き締めた。
触れた胸から日吉の心臓の鼓動が伝わってくる。
背中に回された手が微かに震えているのを向日は感じた。
「心配…した?」
「当たり前ですっ」
「ごめん…。」
申し訳なさそうにそう言う向日に、貴方が無事なら それでいいです、と日吉は答えた。
「酷い怪我じゃなくてよかった。」
そう言った日吉は、とても優しい顔をしていた。




保健室を後にすると、もう昼休みは終わっていた。
本当なら忍足が、向日からの伝言『遅くなるから先に昼食を食べてて』と
伝える筈だったのだが…。
「お前、俺の伝言意味無かったじゃん。」
肝心の伝言を伝えきる前に日吉は彼の元へ行ってしまった。
「…聞いてても俺は、多分同じことしてました。」
その言葉の意味が解らなくて、「え?」と聞き返した向日に、日吉は頬を赤く染めて言った。
「貴方の無事を確かめなければ、結局心配で昼食なんか食べていられません…。」
やっと意味を理解した向日は、ぱっと顔を赤く染めた。
「…その、ありがとな。嬉しかったぜ、来てくれて。」
向日は頬を赤く染めたまま、にっと笑った。


その顔を 日吉は先程のような優しげな表情で見つめていた。









その後
教室に帰ると、既に授業は始まっていたが
教科担当の教師は怒りもせずに教室に入れてくれた。


あの後教室に帰ってこない日吉を探しにいき
忍足から事情を聞いた鳳が、教師に上手くフォローを入れておいてくれたのだ と
後で樺地がこっそり教えてくれた。
部活の時間にバツの悪そうな顔で礼を言う日吉の姿を、向日は遠目に見て微笑んでいた。




~fin~


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日吉は普段あんまり慌てない感じですね。
でも顔に出さなくても元気すぎる恋人が心配でならないんですよ。
べたんもおっしもがっくんのこと大事にしているといいです。
文章中には出てきてませんでしたが膝にバンソコ貼って
担任と次の教科の先生に報告して保健室利用理由書いたのべたんです。