年上の恋人は思いの外プライドが高くて、結構意地っ張りや。
俺に抱かれていても、ちょっと焦らしてみたりしても、何処かでプライドが邪魔をするのか、素直にねだってくれない。
いつも感じとるのを隠して強がっとる謙也さんが甘えてもっととねだるのを見てみたい。なんて思った事もあったけれど。
まさか、こんなことになるなんて。
今日は7月20日。
14年前俺がこの世に生まれた日。
一年前、別に言うたことなかったけど何故かいつの間にか知られとった誕生日を俺は部室で盛大に祝われた。
そしてまた今年も、一年前と多少メンバーは異なっとるけど行事ごとに全力な先輩らに相も変わらず賑やかに祝われとった。
ていうかもはや俺そっちのけで騒ぎまくっとってもうしっちゃかめっちゃかになっとる。
あのゴンタクレもさすがに今日はたこ焼たこ焼き言い出さんのやなと感心しつつ、俺の好きなぜんざいに+αでいつもより豪華なおやつタイムを過ごしとった。
「ざ・い・ぜ・ん・くん」
そんなわいわいと騒がしいさ中に何か企んどる事を隠しもせんと、にやついた顔で近付いてきたのは変わりもんだらけの我が部を率いる、白石部長や。
当然の事ながら例に漏れずこの人もだいぶ変わっとる。
まあ、そうでなければこの部は纏めていけないだろうが。
テニスの腕やその努力家なところは尊敬しとるけども、如何せん変わりもんや。
この人がこんな顔をしとる時はろくな事を言わんから、厄介な事に巻き込まれる前に退散しようと適当な返事をして逃げようとしたが。
「まあ待ちぃや。ええもんやるさかい手ぇ出しや」
耳元でこそりと囁かれたそんな言葉と共に、俺は肩を彼曰く毒手でがっちりと捕まえられ逃げられんかった。
ええもん?ろくでもないもんの間違えやないんか。
そんな俺の想いを知ってか知らずか、部長は俺の手の平にちょこんと何かを乗せてきた。
「……チョコ」
洒落のつもりか。おもんないで。
俺の手の上にはなんだか妙な形をしたチョコがぽつんと一つ置かれていた。
それをしげしげと見ていると、部長はまるで秘密を話す子供のように楽しそうに言った。
「これなー魔法の薬やねん」
「は?」
「素直になる魔法の薬。どんな意地っ張りもメロメロになってまうで」
「で?」
「お前にも1つやろう思て。誕生日祝いや」
「も、って。他にも誰かにあげたんすか…」
「謙也」
ああ、やはり。
と思ったけど、こんな怪しげなもん、謙也さんかて食わんやろ。
なんて、思った俺がアホやった。
祝日の今日の部活は午前中までになっとったから、終わったあと俺たちはいつも別れる道で別れず2人で俺の家に帰ってきた。
一年前と違う事はメンバーだけやない。
あの時はまだただの先輩後輩やった謙也さんと俺は今、恋人という関係に変わっとった。
一応は誕生日という日に恋人と二人っきりになりたいっちゅう願望くらいは俺にもある。
しかも今日は夜まで自宅に二人きりになる。となれば謙也さんでもそういうことも視野に入れてる、とは思う。
まあ、夕飯までには家族も帰って来るやろしそんなに特別なことは期待しとらん、二人で過ごせるだけでも充分やけど。
「お邪魔します」
「今は誰も居ませんよ」
「礼儀や、礼儀」
脱いだ靴を丁寧に揃えながら謙也さんはそう言う。律儀な人や。
謙也さんには真っ直ぐ俺の部屋に向かって貰って、俺は飲み物を取りに台所へ。
今は菓子を用意してくれる人も居らんから自分で準備せなあかん。
ふと、さっき貰ったチョコレートの事が頭を過る。
素直になるとかメロメロになるとかアホなこと言うとったけど、それが本当ならちょっと見てみたい気もした。
せっかく2人きりやし声も気にする必要ない。
けど、あのチョコレートはあまりにも怪しすぎる。
やっぱりあんなもん謙也さんに食わすわけにはいかんやろ、なんて、思った矢先に。
「お待たせしました…って」
「おかえり光」
謙也さんの手には見覚えのある透明の包み紙。
なんだか派手なキラキラとかついとるそれはさっき俺が部長に貰ったもんと同じもの。
そういや部長、謙也さんにもあげたて言うとったけど、まさかあんな怪しいもんを…
「食ったんすか…?」
「おん?」
「それ、チョコ…部長に貰ったもんですやろ?」
「ああ、食ったけど…鞄に入れてたらめっちゃ溶けてもうたからはよ食わな思って」
自分から食うとは……。
「え?なんかあかんかった?」
「……部長何か言うてませんでしたか?」
「なんやめっちゃ凄いとか、秘密があるとか。光ももろたやろ?」
なんでそんな怪しげなもん口に入れるんや。
見たところ何ともなさそうやけど、俺の考え過ぎやったんやろか。
「謙也さん、なんともない?」
「ああ、味か。凄いとか言うてたけど普通のチョコやで」
やっぱ俺の杞憂やったんやろか。
疑って部長に悪い事したかもなんて、ちょっと反省したのに。
やっぱ疑って正解やった。俺の疑惑は間違ってなかったんや。
それを俺は、間もなく実感する事になった。
それは、あれから一時間程経った頃、チョコの事なんかすっかり忘れて、ゲームに夢中になっていた時やった。
突然謙也さんがコントローラを手放して、操作しとったキャラが派手に攻撃を受けて画面から消えた。
今のそんな難しい場面でもなかったやろ、と思い、からかったろと思って俺は隣に視線を向けた。
「謙也さんなにやって」
「……っう…」
出かかった言葉を、思わず飲み込む。
謙也さんは苦しそうな表情で自分の肩を抱いて震えていた。
その顔は赤く息も荒い、異常なのは明らかやった。
「謙也さん…?」
「光…俺……変…からだ…熱い……」
俺に助けを求めるように近付こうとするけど、身体に力が入っていないみたいで、床に倒れそうになった謙也さんを咄嗟に受け止めた。
「謙也さん…?どないしたん…謙也さん…っ!」
謙也さんはふるふると首を振る。
謙也さん自身も自分に何が起こっているのかわかっとらんみたいや。
縋りつくように掴んだ俺の服を、ぎゅっと握った。
「わか…な…熱い…光……光…っ」
ひとまず身体を起こそうと、俺は謙也さんの身体に腕を回した。
身体を密着させたことで触れた謙也さんの股間はやたらと熱いし硬くなっとる。
ただでさえ密着したことで敏感なところが圧迫されとる。
とにかく楽な体勢にしたろうとした俺の指が服越しに膨れ上がった小さく固い何かに触れた、その瞬間。
「ひあぁっ!?」
甲高い声と共に、身体がビクンと跳ねた。
一層荒くなった息と、指に触れたものの正体と、力が抜けてもたれかかった謙也さんの、足の間のじわりと湿った感触。
それらの意味を、多分俺たちは同時に理解した。
途端に謙也さんの目からポロポロと涙が落ちる。
「謙也さん…」
「俺……っう…」
その事実が謙也さんにはえらいショックやったみたいや。
俺が惚けとる場合やない。不安なのは謙也さんなんやから。
「俺…こんな…こんなことで…っ!」
「落ち着いて、謙也さん。大丈夫、大丈夫やから」
「光…っ、幻滅した…っ?俺…の事…キモいって…」
「思うわけないやろ。俺がどんだけ謙也さんに惚れとるか知っとるやろ?」
「光……っ」
こんなアホな心配して、俺はどんな謙也さんでも、謙也さんやから好きなのに。
「身体、見せて」
「あ…っ」
シャツのボタンを外して前を開けて、ズボンのファスナーを下ろす。
謙也さんのちんこを傷付けんように慎重に開け下着ごと脱がしてやると、既に立ち上がったものが目に飛び込んできた。
察していた通り、謙也さんはさっきので一度イってもたんや、それが恥ずかしいのか、謙也さんはぎゅっと目を閉じる。
赤く熟れた胸のそれは固く膨れて存在を主張しとる。
「ここ、気持ちよかったん?」
「あっ!あかん…っ、それ…っ」
指で片方を捏ねるように愛撫して、もう片方は舌で刺激すると、謙也さんはびくびくと身体を揺らした。
普段は声我慢しとるけど、もともと謙也さんの乳首は敏感やからチョコの作用で火が着いた身体にはその刺激はかなりの快感になっとるみたいや。
「ふああっ!や…っ、あかん、また…イく…っ」
「ええよ、イって」
「ふあぁっ!」
軽く歯を立てて、乳首を甘噛みすると、まだ触れてもいないのに、謙也さんはトロトロと二回目の射精をした。
イったばっかでまだ息も整わないまま、謙也さんは必死に顔を背けて腕で隠す。
「なんで…っ、男なのにこんなんで…俺…おかしい…っ!」
乳首だけでイッたんがよっぽど恥ずかしかったんか、謙也さんの涙は止まらない。
何で他の原因を疑いもせんと自分がおかしいと思い込むんや、ほんまにこの人は…。
「謙也さん、さっきチョコ食うたやろ?原因はきっとあれです」
「チョコ…?チョコのせいなん?俺が…変なんとちゃうんか?」
「ちゃいます。せやから泣かんでええよ。えっちな謙也さん可愛え」
「でも、俺ばっかこんななってもて……っ」
「ほな、俺もおんなじならええですか?」
「え」
「ちょお待っとって」
俺はさっき鞄に突っ込んだチョコを取り出して口に放り込む。
「ちょっ」
「これで俺も一緒です」
「で、でも……光までそんな、よおわからんもん食ってもて……」
「でも一緒なら怖ないでしょ?」
涙を拭って目元にキスしたれば、漸く謙也さんは安心したようやった。
しかしこれ、このままってわけにはいかんやろ。
二度目の絶頂を迎えたにも関わらず、謙也さんのは萎えもせずすぐにまた硬度を増して元気なままや。
二回とも直接触ってなかったから、謙也さんも物足りないみたいやし。
尚もそそり立ったままの謙也さんのそれを、俺は躊躇わず口に含んだ。
謙也さんは、俺が口を使うとは思っとらんかったみたいでめっちゃ暴れてくる。
けど口は離さず舌で亀頭を刺激したり唇で竿を締め付けたりしながら快感を与える。
「嫌っ、い、やぁ…っ!光…っあか、出る…っ出るから…っ!」
「ん、ええれすよ」
「ひ…やぁ…あ、んあぁぁぁ!」
先端を強めに吸い上げたったら、謙也さんは俺の口の中に精を放った。
三度目の射精で粘度が少なくなったそれは思いの外楽に飲み込めた。
「はぅ…はっ、あ…」
身体の熱がどんどん上がってくる。
チョコ食ったせいもあるかもしれんけど、それだけやない。
薄く開いた唇から覗く赤い舌。
上気した頬、潤んで蕩けたような瞳。
全部が、俺を興奮させて、歯止めがきかなくなる。
「光も、勃ってきとる……?」
「はっ、あ、謙也さ」
「な、光のも見してや……」
そう言って蕩けるような目と声で俺を煽ってくる。
俺のズボンと下着を下ろして既に立ち上がっとる俺のちんこを取り出すと謙也さんはそれに戸惑うことなく舌を這わせた。
「け、謙也さんっ?」
「さっき、光に気持ちよぉしてもらったから、俺も……」
「やからって」
口を使ってくるとは思わんかった。
俺がしたんを真似るように舌で亀頭を愛撫されて、興奮のせいかチョコのせいかやたら熱い口内に招き入れられる。
「はぁっ、う……っ」
「ひか、きもひい……?」
「ん……っ、ええですよ」
不安なのか、眉を下げて瞳を揺らして見上げてくる謙也さんに微笑みかける。
「よかった……」
安心したようにそう呟いて再び愛撫を再開する。
緩急をつけて与えられる快感にせり上がってくる熱を感じて謙也さんの頭を押し返す。
「謙也さんっ、も、出るからっ」
「ん、出ひて、ええよ」
「くっ、あぁっ」
ちゅうっと音をたてて亀頭を吸われて、謙也さんの口から抜く間もなくその口内に熱を放つ。
「んんっ、ふっ」
謙也さんと違って俺はまだ一回目の射精やったから、その行為は俺よりずっとキツいはずやのに、涙目になって軽く噎せながら謙也さんは喉を鳴らしてそれを飲み下した。
「っ、謙也さん」
「ん、はぁっ……ごほっ」
謙也さんの不安げな姿が見てられなくて、つい自分もあの怪しいチョコを口にいれてもうたけど、もしかしてまずかったやろか。
射精したのに身体が酷く熱くて興奮が治まらない。
このままやと、謙也さんのことをめちゃくちゃに抱いてまいそうや。
なんとか自分を抑えようとするけど、謙也さんはそれをわかっとるんかいないのか見せ付けるように足を開く。
「光、こっちも…」
晒したそこは、まだ解してもいないのにひくついとった。
それを見て思わず喉を鳴らす。
縋るような瞳に頷いて、唾液で充分に濡らした指を押し込むと、難なく受け入れてくれる。
「あっ、んぅ…っ、光…っ」
「すご…謙也さんの中、めっちゃ熱い」
誘うように動く中を擦り、慣らしながらエエところを刺激すれば、謙也さんは甘い声を上げる。
いつもは必死に抑える声を、今日は存分に聞かせてくれた。
「ひうっ!あっ、やぁっ!光…っ、指、嫌…っ、ああんっ!」
「なんで?気持ちくないっすか?」
「そ、や、なくて…っ、足りひん…光のがええ……っ」
年上のプライド故か、普段の謙也さんは甘えるのが下手や。
下手っちゅうより苦手なんか。
おねだりなんて自分から絶対せんから、いつも散々焦らしてやらないと言うてくれへん。
そんな謙也さんが俺に言葉を引き出される事無く自分からそんなこと言うなんて。
(ほんまに今日の謙也さん素直や)
「光…はよう…光の欲しい…っ」
「俺も…っ」
ここまで煽られたら正直限界や。
下の方で絡まっとったズボンも下着もとっぱらって、謙也さんの身体を仰向けにして足を広げる。
いつも恥ずかしがって隠そうとする顔も、今日はそんな余裕もないみたいで、うっとりとした表情で俺を見とる。
それがめっちゃ色っぽい。
ああもう、そんな可愛え顔されたら手加減でけへんっちゅうねん。
「謙也さん…っ!」
「光…っ!」
滴れてきた先走りやら精液やらで濡れとるそこに俺のを当てがえば、誘うようにそこが動くのを直に感じる。
俺はかろうじて残っとる理性で一気に突き上げたい衝動をなんとか抑えて、謙也さんを傷付けないようにゆっくり腰を動かした。
「ふあぁっ!う、あぁっ!光…あぅ…っ」
「謙也、さん…っ」
「あぁっ!ひか…っ…あっ!んぁぁ!」
「ええ…?謙也さん…っ」
「んっ、ふぁっ、あっ、ええっ、気持ち…っ、もっと…はぁっ、あぁっ!」
締め付けてくる謙也さんの中はほんまに熱くて、このまま溶け合ってしまいそうで、溶けて一つになってしまえばええのになんて、俺は熱に浮かされた頭でアホな事を考えた。
「謙也さん…好き…好きや…っ」
「俺も…んあっ、ひぅっ…好きっ、光…っ!」
「っ、謙也さん…っ」
「ふぁっ、あか、そんな…っ、激し…したら、あっ、あぁぁーっ!」
夢中で突き上げていると、謙也さんはビクンと背を反らして、自分の腹にほとんど透明になった精液を放つ
。
そして謙也さんの後孔がきゅんきゅん俺のを締め付けてきて、その刺激で俺も謙也さんの中に精を放った。
「ふ、あ…ぅ…光」
「謙也さん……」
深く深く口付けて、ぴったりとくっついて抱き締める。
謙也さんの唇は、甘いチョコレートの味がする気がした。
あれからもお互い乱れに乱れて散々精液を吐き出して、諸々の処理を済ませて、そのまま2人でベッドで眠ってしまい、気が付いたら外はもう夕暮れ色やった。
隣には穏やかな顔で眠る謙也さん。
吐息が顔に掛かるくらい、距離が近い。
その顔はどう見ても男のそれで、それを可愛らしいと思ってまうんやから、始末に終えない。
自分よりでかい年上の男を可愛えと思うなんて。
「ん…」
「謙也さん…?」
腕の中の謙也さんが身じろいだから顔を覗き込むと、謙也さんは目を開けたままぼんやりと俺を見とる。
「ひかる…」
「ん?」
そして舌ったらずな声で俺の名前を呟くと、ぎゅっと抱き付いてきた。
普段はしない甘えるような行動で、まださっきのが切れてないんやないかと思ったけど、どうも違うみたいで。
「光…っ」
俺の胸に埋めた顔は窺えないけれど、真っ赤な耳がそれが照れ隠しであることを物語っていた。
謙也さんは顔を隠したまま蚊の鳴くような声で呟いた。
「さっきの……」
忘れろ、とでも言うのだろうか。忘れられるはずがないけれど。
自分から俺を求めてくれたこと、ほんまに嬉しかったから。
でも、謙也さんの言葉は俺の予想からは外れていた。
ぼそぼそと、部屋が静かでなければ聞こえないような声で謙也さんは言葉を紡ぐ。
「さっきの、あれ…ほんまの気持ちやから…チョコのせいやないから……」
「え?」
「や!あんななったんはチョコのせいやけどっ!光のこと好きとか光に抱かれたいって思うんは、ほんまの気持ちやから……」
「謙也さん…」
「ごめんな…俺、いつも恥ずかしゅうて大事な事言えんくて……」
意外な言葉に、俺は目を丸くした。
普段そういう事を言わんのは年上のプライドが許さないからやと思っとったんやけど。
恥ずかしかっただけでほんまは気にしていたなんて。
「ほんまはな、ちゃんと言いたいんや…けど、こんなこと言うて引かれたらどないしよって怖なって、言えへん」
「俺は謙也さんのどんな姿も好きですよ。俺との行為で感じて気持ち良くなってくれるなん、嬉しいに決まってます」
「光…おん、俺、光とするんめっちゃ好きや…光と繋がるんも、光が俺と一緒に気持ちよぉなってくれるんもめっちゃ好き……やから、これからももっと光んこと好きになって、さっきみたいに求めてまうかもしれんけど…ええかな…?」
「そんなん当たり前っすわ」
「よかった……」
ふふっと小さく声を漏らして笑う謙也さんの事が堪らなく愛しく思えてぎゅっと抱き締めた。
そういえば部長からのプレゼントって、これやったんやろか。
ろくなことやない思ったけど、謙也さんの本音を聞けたんやから感謝せなあかんかな。
「光……」
まだ眠そうな声で名前を呼ばれて思考をあの先輩から目の前の恋人に戻す。
「ん?」
「生まれてきてくれてありがとう……」
謙也さんは耳元で囁くようにそう言うと、目を細めて柔らかく微笑んだ。
ああ、幸せやなぁ、と思った。
まだたった14年しか生きとらんけど、繰り返した中で今日という日をこんなに特別に思ったことは今までなかったかもしれへん。
俺を育んでくれた家族と、俺みたいな愛想のない奴を受け入れてくれたあの人たちと、こんなにも愛しくて大切な人に、今日という日を祝ってもらえる幸せを噛み締めて、俺はこの世に生を受けたこの日に心から感謝する。
「おおきに」
〜fin〜
2015/07/20